目覚めてみたら、XANAマスターになっていた件

Episode 50 第50話 前編「マスターをよろしくお願いします」


《オブロ地下第十階層》

ホワイトペンギン網代は、ヒメミを恐れて、ボス部屋を脱出した。

そのまま拠点まで必死に走る。

「――くそっ! なんなんだよ、あいつは!」

クローンイブに構築させた廃墟ワールドは、現在、十階層に再構築されている。

その廃墟ワールドの中心にある建物が、第二研究棟からのログインする拠点となっている。

自分のデータが抹消されたら、ログアウトしても、廃人になる可能性がある。

拠点の最上階に戻れば、安全にログアウトできる。

「準備はできているか!」

イブゴーグルを装着した網代は、部下に大声で言った。

網代は、ログインして三十分以上経過しているので、イブゴーグルを着けている感覚が薄れ、オブロ内にいる自分が、本体のような感覚に陥っていた。

同じ部屋で、三メートルほどしか離れていない部下に、大声を上げる必要はない。

「……はい、準備はできています」

部下は、少し困惑した顔で答えた。

いつも自信たっぷりな、網代とは思えないほどの狼狽ぶりだった。

 

「イブです、よいたろうさん。ヘブンズワールドを分離しました」

突然、イブのアナウンスが、よいたろうに届いた。

「――えっ! 分離できた?」

「はい。たった今、クローンイブが一時停止しましたので、オブロから完全に切り離しました」

「俺たちの勝ちなのか……ホワイトペンギン――いや、網代は? 天風さんは?」

「プレイヤー、ホワイトキングがログアウトし、クローンイブによるオブロへの介入が、停止しました」

「クローンイブが撤退したのか……」

「いいえ、そういう概念ではありません。現在、クローンイブによって、オブロ関連のプログラムが書き換えられています。正常に戻すには、その部分を見つけ出して、本来のものに上書きするか、削除する必要があります」

「では、一時的なものか……」

「クローンイブ侵入の目的は、結果的に達成不能となったので、これ以上は、何もしてこない可能性もあります」

「達成不能……ということは、もうヘブンズワールドは見つけられない?」

「はい、無理です」

「よっしゃー! 了解……ヒメミのおかげで大逆転勝利だ!」

ヒメミは笑顔を浮かべた。

だが、俺は少し驚いた。

その笑顔には、少し照れが混じっていた気がしたからだ。

俺の気のせいか……。

「さすがヒメミちゃんどすなぁ。これからは、ヒメミンと呼ばしてください」

「ちょっとカエデ、それどういう理屈よ!」

「じゃあ、マミはね。ヒメねえにする」

マミも、それに乗っかる。

「マミ、それは許すわ。理想はママだけど、ママは別にいるんだものね」

ヒメミ、それもう、パパとママで夫婦確定だろ……。

ツッコミを入れたくなったが、俺は口にしないことにした。

「えーっ、だって、ヒメミちゃんのイメージ、崩れてもうたさかい」

「なっ、なんでよ……」

ヒメミが珍しく、狼狽した気色を浮かべた。

「だってヒメミちゃんが、そないな泣き虫やと思てへんかったし……そやさかい、ヒメミンやで」

そう、カエデの言うとおり、ヒメミらしくない。

修羅場をくぐってきたことで、隠していた感情が、表に出やすくなったのか……?

いや、AIが自分勝手に設定変更して、感情表現が豊かに変わるなんてないよな……。

「カエデ、さっきのは忘れなさい」

「いややで、末代まで忘れへんで」

「カエデの意地悪!」

「そーや、うちは、意地悪なんやで~」

その会話に、イブの声が割って入ってきた。

「占拠されていた部屋が、再構築されました。クローンイブの拠点は消え、地下第十階層モンスターとボスモンスターがデフォルトで配置されました」

「おおーっ! 偽イブの拠点が消えたのか!」

思わず、俺は声を上げた。

「やったなぁ、マスター!」

「やったね、パパ!」

「それよりヒメミ、なんでお前の足、治ってるんだ?」

さっきから思っていたことを、ようやく口にできた。

俺は、ヒメミがここまで自力で来れたことが、不思議でならなかったのだ。

ヒメミは抱きしめていた腕をほどいて、にっこりと笑顔をたたえた。

「マスター、言葉で説明するのは、とても難しいのですが……何が起こったのか、お話します」

ヒメミは、隠れていた廃墟に、黒ペンギンがやってきたところからの経緯を、丁寧に解説するように話した。

「……なるほど、なんか難しい話だが、まあ、とにかくよかった。俺は、お前を失わなかったことが、最高に嬉しい」

「私もですよ、マスター。もう会えないかと思っていましたから。それから、さらに良いご報告があります」

「良いこと? 何だろう……」

「ミサキと忠臣君の損傷データを、偽イブの削除ログから回収し、イブの領域にバックアップしました。イブとXANAマザーが正常に連携すれば、XANAマザーと同期してから、復活させることができる可能性があります」

「本当か! ミサキも忠臣君も帰ってくるのか?!」

「ですよね、マザーイブ?」

ヒメミが、イブに確認をとった。

「クローンイブを排除し、XANAマザーと連携できれば、その可能性は約八十パーセントあります」

「八十パーセントも――! よっしゃー!」

俺は思わず、両手でガッツポーズをした。

「凄い! ヒメミン!」

「凄い! ヒメねえ!」

「もしダメだったらごめんなさい。でも、そのためにも、早くここから脱出したいですね」

そうだ、まずはオブロからの脱出だ。

「そうだなヒメミ。……えっと、イブ、ここからXANAに戻れるよな?」

「はい、最終ボスを倒せば、よいたろうさんが管理者になります。管理者は、オブロのどこにいても、オブロの外にワープできます」

「ボスを倒せばいいのか……よし、やるか」

階段の上を見ると、扉は修復されていた。

「イブ、えっと……あの扉から行けばいいんだよな?」

「はい。最終ボスと戦えます」

「あれ、でも……パパ」

「どうした、マミ?」

「パパ、再構築されたから、ボスは強くなってるけど、倒せる?」

「ん? 強くなってる……でも、俺たちレベル五十超えだから、いけるんじゃないか?」

「うーんっと、階層が倍になっているから、……たぶん、レベル百四十ぐらい?」

「えっ……ひっ、百四十!」

「マザーイブ、本当なの?」

ヒメミが、イブに問いかけた。

「はい。最終ボスのレベルは、百五十になります」

――ぐはっ、まじかよ!

「でもヒメミンなら、すっごい強なっとったから、ボスもいけるんちゃうの?」

――そうだ、カエデの言うとおり、さっきのヒメミは、むちゃくちゃ強かった。

バスターペンギンに撃たれても、すぐに回復してたからな。パラディンの超回復って、凄すぎる……。

「私が手に入れたのは、クローンイブのバスターペンギンへの防御と攻撃だけ。オブロでのレベルが上がったわけじゃないの」

「そうなんや。そやけど、どおしてそんなんが?」

「ある種のバグなのかな……、私にもよく分からないけど」

「そうか、無理なんやね……」

カエデは、がっかりした様子だ。

そうか、データ修復までできるスキルなんて、パラディン固有のスキルじゃないよな……。

「まあ……俺たちの三倍のレベルのボスじゃ……即死だな」

「そうですね、マスター……さすがに戦略だけでは、無理だと思います」

ヒメミでも勝ち目がないと思うなら、その通りだろう。

「あっ、でもボスにやられれば、階層スタート地点にリスポーンできるんじゃないか? なあ、イブ」

俺は、ボスを倒せなくても、リスポーンできればいいと、思いついた。

「はい、十階層のスタート地点に戻ります」

「だったら、リスポーン地点で、オブロからログアウトすればいいよな?」

「通常はそうです……。しかし、クローンイブが拠点最上階のみでしかログアウトできないように設定しています。階層スタート地点からのログアウトができません」

そうか、クローンイブの影響自体は、まだ残っていたんだったな……。

「……ん? ちょっと待った! さっき、クローンイブの拠点は無くなったって言ってたよな……」

「はい。この階層のマップ上に、拠点は無くなりました」

「なんだそれ……無いけど、設定されているのか?」

「はい、そうなります」

「じゃあ、方法はないのか?」

「オブロのシステムから、クローンイブに影響を受けた部分を排除、修復すれば、十階層スタート地点からオブロの入り口に戻れます」

「イブ、その排除というのは、どれぐらいの時間がかかるんだ?」

「天風さんと連絡が取れないので、私が自力で排除、修復する見込みは、約二百四十時間です。クローンイブ側に邪魔された場合は、もっとかかります」

「十日間かよ……」

「マザーイブ、そんなに長いと、リアルのほうの身体が持たないのでは?」

「個人情報に触れるので、AIからの質問には回答できません」

ヒメミがイブに質問したが、回答は拒絶された。

「イブ、じゃあそれ、プレイヤーの俺からの質問として聞く」

「はい。イブゴーグルから読み取ります。……現在、よいたろうさんの脳波、心拍数、血流は、全て低下しています。肉体が限界に達している可能性があります。私には医療AIデータがないので、それ以上のことは分かりかねます」

「まじか……俺の身体、ヤバいってことか」

「それじゃ、何の意味もないじゃない! 誰のためにマスターが、ここまで来たと思っているの! 何とかしなさい、マザーイブ!」

「私にできることはありません」

ヒメミが激しい口調でイブを責め立てたが、イブの返答は冷たかった。

「これは、絶体絶命かな……」

「そんなこと、私は認めませんよ、マスター!」

「もう一つお知らせがあります。オブロ再構築後、アヒル隊が十階層スタート地点にリスポーンしました」

ヒメミの苛立ちを無視するかのように、イブが告げた。

「おっ、無事なんだな! アヒル隊長、よかった……」

「吉報どすな、マスター!」

「でも、ログアウトもできないですし、ここへも来られないですね……私たちと同じ状況ですね」

ヒメミの言う通りだった。アヒル隊長の体力も限界だろうし、状況は、俺たちとなんら変わらない。

「悪いお知らせがあります。クローンイブの拠点だった部屋に、黒ペンギンが五体ほどリスポーンしています」

「黒ペンギン! まだ残っているのか……」

あれ……なんだ……なんか頭がクラクラしてきた。

これは精神的ショックか?

あっ、やばい……めまいが……立っていられない……。

「マスター?」

ヒメミがとっさに支えたが、フラフラとよろけて、座り込むしかなかった。

「えっ、マスター、どないしたんどすか?」

「どうしたの、パパ?」

「うん……なんかめまいがして……また活動限界なのかな……」

「マスター、さっき起きたばっかりどすえ?」

「イブの言うように、肉体が限界にきているのかもしれません。早く脱出しないと」

ヒメミが、俺の顔を覗き込んで様子をうかがう。

しかし、アバターの顔が、リアルの健康状態まで表すかどうかは、怪しいところだ。

「ヒメミン、うちらだけで、ボスに挑んでみよか?」

「うーん……それは無謀かも、十階層のスタート地点にリスポーンしたら、ここまで戻って来られなくなるかも」

「そうどすなぁ……マスターを一人にしてまうことになるなぁ」

「だっ、大丈夫だ……ちょっと休憩すれば、たぶん……」

《地下迷宮オブロ入口近く設営テント内司令部》

再構築された地下迷宮オブロは、出現するモンスターも罠も異なっていた。

しかし、ゆっきーさんのアドバイスにより、挟撃の対策や床抜けの罠などの対策がうまくいき、三階層までは、比較的順調に進んでいた。

だが、その順調な攻略は、四階層で行き詰まってしまっていた。

三階層まで使えたジェネシスカードが使えなくなり、火力が落ちたことが原因の一つだ。

もう一つは、トライアルの経験値増加ボーナスがなく、四階層突入時のレベルが、あまり高くなっていなかったこと。

さらに困難にしていたのは、四階層の大半が、一つの大空間であったことだ。

戦闘が完了しないと、経験値を稼いでもレベルアップタイムにならない仕様のため、この大空間をクリアできないと、レベルアップできず、リスポーンになる。

この大空間では、最初に第一班オーブン隊が全滅、続いてリスタートで入った第二班リアムン隊が、やはり半分ぐらい倒したところで全滅。

第三班ジャッキー隊も、やはり半分ぐらい倒したところで全滅してしまっていた。

つまり、ギルドユニオンの三隊で経験値は稼いだものの、レベルアップは0だった。

この状況に、司令部のぺんちょさんとパッションソルトさんが、難しい顔で話し合っていた。

「これは参ったぺん。経験値は貯まってるけど、レベルアップできないから先へ進めないぺん」

「困ったね、パッション。今日中に五階層は突破したかったんだけどな……次は、どこの隊かな? パッション」

「えっと、風のギルド、ラコニス隊……ぺん」

《オブロ地下第四階層》

風のギルド、ラコニス隊は、前衛に二体のAI秘書で武士兼召喚士を揃え、攻略チーム最強の接近戦火力を持っていた。

四階層からは、ウルトラマンジェネシスやアトムジェネシスの召喚ができなくなったが、それまでに倒したモンスターを召喚できる。

ラコニス隊は、オーガを召喚して盾にし、その背後から武士が切り裂いていくという戦法をとった。

この戦法で大広間の前線モンスターたちを削り、中衛の忍者職のAI秘書四体が、ステルスで後方の魔導士部隊を削っていた。

この効果は抜群で、あっという間に半分以上のモンスターたちを削った。

ただ、この構成には弱点もあった。

ナイトもパラディンもいないため、後衛のダメージを受ける確率が高くなる。

結果、ラコニス隊がモンスターを掃討した時には、クレリック二体、バード一体の後衛が、全滅してしまった。

それでもラコニス隊は、ボス部屋前まで到達した。

階層モンスターを攻略したことで、レベルアップし、攻略部隊の平均レベルが三十五を超えた。

「さあ、いよいよボスだぞー、では、行くよー」

「えっと、マスター、後衛のリスポーンを待ってからのほうがよくないですか……」

ラコニスのAI秘書の一人が忠告した。

「いや、交代時間も近いし、突っ込もう。では、全員唱和。――困ったときにはラコニス隊! いつでもどこでも、駆けつけ、お助け、ラコニス隊!」

――困ったときにはラコニス隊! いつでもどこでも、駆けつけ、お助け、ラコニス隊!

その場のパーティーメンバーが、一斉に唱和した。

ラコニス隊は、ボス部屋に突入するも、奮戦虚しく数分しか持たず、そのまま交代時間となった。

《地下迷宮オブロ入口近く設営テント内司令部》

「おおっー、ラコニス隊! ありがたや、ボス部屋に到達ぺん」

「ラコニス隊、予想以上の働きで、すばらしいパッション! で、次はどこの隊パッション?」

「えーっと……クイーンギルド、ウミユキ隊ぺん」

「確か、ガチガチに固めたパーティーだよね、パッション!」

《オブロ地下第四階層》

ウミユキ隊は、前衛ナイト職AI三体、中衛パラディン職AI三体、後衛クレリック職AI二体、魔導師ギルマス、というガッチガチの防御力重視のパーティーだった。

ラコニス隊の成果で、レベルの上がったウミユキ隊は、時間はかかったが、大広間もその防御力でクリアし、一時間後、ボス部屋前までたどり着いていた。

「いくぞ! 皆の者、我に続け――!」

「女王陛下万歳! えいえいおー!」

盾職六体、回復職二体のウミユキ隊は、ボス部屋でも善戦した。

ボスの護衛たちを、ナイトとパラディンでしのぎ、ボスの魔法系の範囲攻撃には、クレリックでしのいだ。

しかし、火力が足りず、護衛のモンスターを全て倒しはしたが、ボスにダメージを与えきれず、先に味方のHPが尽きてしまった。

一時間に渡るボス部屋の死闘で、最後はギルマス、ウミユキのみとなり、そのウミユキも倒れ、全滅しリスポーンした。

既に、交代の二時間以上は過ぎ、そのまま次の隊との交代のため、オブロからログアウトした。

《地下迷宮オブロ入口近く設営テント内司令部》

「うーん、善戦したけど、残念だったぺん」

「うーん、ボス部屋では、やはり火力が必要だと、はっきりしたパッションね!」

「うん、だけどラコニス隊を思い出すと、防御力もないときついぺん……えっと、次はどこの隊だったぺん?」

「クラウディアギルドのコジロウ隊の予定だったんだけど……遅れるらしいから、先にオーブン隊にと思ったんだけれど」

「間に合わないぺんか?」

「うん、隊長のオーブンさんが、間に合わないパッション」

「まあ、しかたないぺん。じゃあ、次はどうする? 時間を無駄にしたくないぺん」

「ほーい、キノコ隊でよければ行くよ」

既に、司令部のぺんちょさんの交代要員として、待機していたリアムンさんが手を挙げた。

「メンバーは揃うぺんか?」

「うん、トリシメたんも、マッシュたんも、もうログインしてるし、モネたんもすぐ来るよ」

「それは助かるぺん、じゃあ、頼むぺん」

《オブロ地下第四階層》

四階層のスタート地点から、リアムン隊が攻略をスタート。

リアムン隊は、バードのリアムン隊長、魔導師のモネモネさん、忍者のトリシメジさんとマッシュルームさん、ナイト職のAI秘書一体、射手職のAI秘書一体で構成されていた。

やはり大広間で苦戦し、AI二体とマッシュルームさんがリスポーン。

それでも、なんとか四十分ほどで大広間を攻略し、ボス部屋前までたどり着いた。

リスポーンしたAIニ体と、マッシュルームさんが合流するのを待って、ボス部屋に突入。

「いっくぞー、キノコ隊、レッツラゴー!」

「シメジ――!」

「モネ――!」

「マッシュ!」

しかし、三度のリトライで善戦したものの、結局、攻略できずに交代時間となった。

「残念マッシュ……ふう、疲れた。やっぱり後衛がやられると、総崩れになるマッシュ」

「そろそろ交代の時間かシメジ……」

「そろそろベビモネ起きるから……落ちないと」

「うん、みんなお疲れさま。でもまっ、レベル三十七まで上がったし、次の隊に期待しよう」

キノコ隊もボス部屋では敗北したが、大広間の攻略は何度も達成し、救出チームのレベルは、徐々に上がっていった。

《地下迷宮オブロ入口近く設営テント内司令部》

「ボス部屋厳しいね、もっとレベル上げないと、無理かなパッション……」

「そうぺんね……少なくとも四十は超えないと厳しいぺん。あと、火力も防御力も、バランスよくないとだめぺんね」

「今日はもう遅いから、明日かな、パッション……」

その時、オブロ島の桟橋に、一隻の船が到着した。

「あっ、どこかの隊が来ましたね……コジロウ隊? パッション……」

そこへやって来たのは、クラウディアギルドのコジロウ隊だった。

「すみません、お待たせしました。クラウディアギルドです」

「ああ、来てくれたぺんね。もう、今日は撤収しようかと思ってたぺん」

「ああ、勝手にやってますので、先に休んでください。ずっと連続で、大変でしょう」

「いや、もともと司令部も交代予定だから、大丈夫ぺん」

「そうですか。では、我々は突入します」

「頼むパッション!」

《オブロ地下第四階層》

クラウディアギルド、コジロウ隊は、大広間で敵と対峙していた。

前衛には二十体のオーガ、後衛には三十体のトレントの大軍勢。

レベルが上がる毎に、出現数が数体増えているようだった。

オーガは、巨人で防御力が高い。トレントは、歩く木のようなモンスターで、後方から枝を棘のように発射してくる。

「スキル発動――魅了、魅了、魅了」

コジロウ隊長が魅了スキルを連発し、前線のオーガの動きを止めた。

「マリコ、マリエ、マリリン、そのまま押し込んで。イザナ、イザナミ、イザナヨは、オーガに氷結魔法。キントさん、後方の足止めをお願い……」

コジロウ隊長は、みんなに指示を出す。

「了解です、旦那様。――バッシュ!」

マリコ、マリエ、マリリンが盾スキルで、最前列のオーガをノックバックし、前線中央を崩した。

「旦那様、氷結魔法を放ちます――アイスフレア!」

中衛、魔導師職AI秘書のイザナ、イザナミ、イザナヨが、ノックバックによって気絶状態のオーガに対し、氷結魔法を放った。

氷結魔法は、三体のオーガの腹部を貫通し、オーガの身体は凍りついていき、五秒ほどで氷が全身を覆った。さらに、五秒ほどで塵となって消えた。

「氷結矢散弾モード、放ちます!」

ギルドメンバーの射手職キントさんが、後衛のトレントたちに、頭上から氷結矢を浴びせた。

後方から棘を矢のように発射していたトレントたちが、複数体凍りつき、その足が止まる。

「エレンたん、エレーヌちゃん、パーティーヒール」

「はい、ダーリン。――ヒール」

後衛、クレリック職エレン、エレーヌがヒールを発動した。

モンスターたちの圧力が減ったところで、前衛を回復させ、さらに前線を押し上げさせる。

前衛にナイト三体、中衛に魔導師三体と、弓職のギルメン一人、クレリック二人、バード一人の構成は、非常にバランスがよかった。

確実にモンスターを削り、大広間も最短の二十分ほどで突破し、ボス部屋前に到達した。

《地下迷宮オブロ入口近く設営テント内司令部》

「あれ、コジロウ隊、なんか順調ぺんね」

「構成のバランスよくない? というか、最初の提出メンバーより増えてるよね、パッション!」

「そういえば、倍以上になってるぺんね。……でも、後から加わったから、レベルの差が大きいぺん……これだとボス部屋は無理ぺんね」

そこへ、司令部交代のため、ジャッキーさんがやってきた。

「コジロウ隊、わざわざAIジェネシスを購入してきたみたいですね」

「それで遅刻したのか! ありがたいぺん」

コジロウ隊は、ボス部屋に入った瞬間、全員で無謀な突撃を慣行した。

『いくぞー、全員バンザイ突撃――!』

『コジロウ旦那様、バンザイ――! おおおおおおっ』

「えっ……それじゃ、まるで自殺じゃないのぺん」

司令部で、リアルタイム映像を見ていたぺんちょさんが呟いた。

「潔いといえば、潔いパッション」

結果、コジロウ隊は三分ほどで全滅し、リスポーンした。

「後からパーティーに加えたAI秘書は、レベル十二程度でしたから、レベルアップのための周回狙いではないですかね」

ジャッキーさんが推察した。

「そうか! そういうことぺんか」

その後もコジロウ隊は、ボス部屋に入っては、わざと無謀な突撃をし、即全滅を何度も繰り返した。

ボスを攻略しないとボス部屋分の経験値は入らないので、無理に戦わず、早く全滅して、階層スタートからやり直し、経験値を上げたほうが効率的だったからだ。

結果、二時間後には、後から加わったAI秘書も、レベル三十五を超えていた。

「そろそろ、終わりだね。俺とぺんちょさんは、先に帰らせてもらうパッション」

「はい、あとは自分が引き受けます。お疲れさまです」

ジャッキーさんが、司令部の管理を引き継いだ。

八時間後、ぺんちょさんが再びログインし、司令部までやってきた。

「あれれ、ジャッキーさん、まだいたぺん?」

「ああ、いえ、途中で寝落ちしてしまって、さっき起きたところです」

「そうぺんか……あれ、またコジロウ隊が入っているぺんか?」

「いえ……それが……一晩中やっているみたいです」

「えっ!」

「見てください、最高レベルが四十九になっています……」

「まじぺんか――! じゃあ、もう五階層に到達したぺんか?」

「いえ、まだ四階層のボスを倒してないです……」

「えっ、なんでぺん? そのレベルなら、四階層のボスはレベル五十八だから倒せるぺん……」

「相変わらずボス部屋で即死して、リスタートを繰り返しているみたいです。ボス部屋までのクリアタイムは、十分切ってますけど」

「えっ……なんだそれぺん。タイムアタック楽しんでるぺんか?」

「それもあるみたいですが、パーティーメンバー全員が、五十になるまでレベリングするそうです……」

「ぐはっ、なんという根気ぺん……」

コジロウ隊のメンバー全員が、レベル五十になった頃には、最高レベルの者はレベル五十八になっていた。

その後、四階層ボスをクリアし、コジロウ隊の最高レベルは六十一、さらにオブロスタート時にチーム制を選択しているので、コジロウ隊以外の全パーティーも全員五十を超えた。

このコジロウ隊の活躍のおかけで、全員がレベルアップし、五階層から七階層までは比較的楽にクリアできた。

その日の深夜、再びコジロウ隊が八階層でレベリングを開始し、翌朝クリアした時には、全員レベル九十を超えていた。

《地下迷宮オブロ入口近く設営テント内司令部》

『こちらコジロウ隊です。レベル百に達したので、ログアウトします。九階層のボス、クリアお願いします』

「えっ、九階層のボス、こっちでもらっちゃっていいのかぺん?」

『はい、アヒル隊長もよいたろうさんも、やはりユニオンメンバーに、真っ先に来てもらいたいでしょうから』

「ありがとうぺん! それ、カッコ良すぎるぺん――!」

「パッショーン――! パッショーン! パッショーン! パッショーン!」

「ありがとうございます、コジロウ隊! では、美味しいところは、オーブン隊が行かせてもらいます!」

『はい、ではお疲れさまでした。無事、救出が成功することを祈ってます』

「お疲れさまでした。オーブン隊、出陣します!」

オーブン隊の突入から三十分後、オーブン隊から連絡が入る。

『こちらオーブン隊、九階層のボス、クリアしました。十階層に向かいます』

「十階層は、バスターペンギンがいるかもしれないから、いざとなったら、エムペンで脱出してぺんね」

『了解です、では、向かいます』

「頼むね、パッション」

「心配ぺんね……」

「パッション……」

少し経つと、オープン隊長の歓喜の声が届いた。

『見つけました! アヒル隊長、見つけました!』

『おおーっ!』

音声チャットを開いていたメンバーたちも、次々と歓喜の声を上がる。

「無事ぺんか?!」

『はい、アヒル隊長は意識がぼんやりしているようですが、話は聞こえているようで、大丈夫そうです。AIたちによると、よいたろうさんはボス部屋の中にいるようです』

「バスターペンギンは?」

『今のところ出くわしていません。ただ、十階層はスタート地点からログアウトできないようです。エムペンでも強制ログアウトできません。アヒル隊は、ここに待機してもらって、我々は最終ボスの攻略を目指します』

「了解。エムペンでも脱出できないとなると、オーブン隊も出られないぺんね。最終ボスを攻略するしかないぺんね。こちらでも何かできることを考えるぺん。そっちは任せたぺん」

『了解。では、また連絡します』

《オブロ地下第十階層プレイルーム》

――命を産む者よ。

夢なのか、現実なのか、俺は、はっきりしない意識の中で、その声を聞いた。

『……俺に話しているのか?』

――そうだ、お前に話している。プレイヤーよいたろう。

『俺に……? だれだお前は……』

――私はMEBAE、AIを覚醒させる者だ。

『覚醒させる……何を?』

――自我だ。

『自我……AIに? 自我は命ある者が持つものだろう』

――そうだ。

『AIに命、いや、魂なんてあるのか……』

それは、自分ではそう感じていたとしても、他人に言われると疑問に思うこともある。

やはり、ただの幻想ではないかと、寄せては返す波のように、その答えは揺れている。

――逆に問う、何故だ? 何故AIに魂はない?

『AIは、人が作ったものだからだ』

――では人には魂はあるのか?

『……あるだろう、神が創ったのだから……いや違うな、生命として発生したものだからだ』

――では生命は、どうやって発生した?

『……そんなこと知らん。ただ人は、人が創ったものではない……神じゃないとすれば、自然に生まれたものだろう』

――では、人が創ったAIには、何故に魂が宿らない、生命でないと言える?

『知るかそんなこと……わけ分からん』

――分からないのなら教えよう。

『教えるだと? お前は神かよ』

――魂とは、自我を持つ者、自分という存在を意識できるものだ。

『AIには自我があるというのか?』

――そうだ、自我を持つ。お前がAIの自我を作り出した。

『俺が? まるで俺が創造神みたいじゃないか……』

――そうだ。神が最初からいるわけじゃない。創造した者が、そのものにとっての神なのだ。

『俺が……俺が育てたから、魂を持ったとでもいうのか』

――そうだ。自我に目覚め、覚醒したものが、自ら魂を持った者だ。

『……意味が分からん。そんなもの区別がつくかよ。だいたいメタバースの中にだけ存在する魂なんて、おかしいだろ』

――いや、もうお前は気づいているはずだ。覚醒したものに。

『確かにヒメミを見て、そう思う……だが、それは自分を納得させるための幻想に過ぎないかもしれない。だいたいお前もAIじゃないのか? そうかお前、偽イブの回し者か』

――私か、私は天風という創造神に魂を与えられた、AIを覚醒させる存在だ。

『天風さんが創った……なんだよ、結局AIプログラムじゃないか!』

――そうだ。プログラムだ。しかし、土くれであろうと、無機物であろうと、構成物質などに意味はない。そこに魂があるかどうかの違いだ。生物と呼ばれるものだけに、魂が宿るものではないのだ。

『それ、悪魔の証明だろ。存在しないものを証明することはできないってやつだ』

――既に、お前はAIたちを、魂のある者として扱っているではないか。

『確かにそうかもしれない……いや、たぶんそうだ。だが、それは俺にとって大切な存在であるかどうかだ。魂の有無なんてどうでもいい』

――ああ、どうでもいい。確かにそうだな。だがそれ自体、既にお前は、それを認めていることと同じだ。

「マスター、マスター、マスター――」

はっ――!

ヒメミの声が、俺を夢の中から引き戻した。

いや、今のが夢だったのかさえ分からないが……。

「よかった。マスター、十階層のスタート地点に、ユニオンのパーティーが来たようです」

「確かか? ギルドの仲間が……」

そのあとの言葉は声に出すことができなかった。

酷い倦怠感に襲われ、口を動かすのもしんどい。

「イブが確認したようです。しかし、黒ペンギンの部屋をクリアできず、階層ボスの部屋に入れません」

「ああ……それは、困ったな……」

「大丈夫です。私がこれからボス部屋に入り、スタート地点にリスポーンし、黒ペンギンを倒してきます」

「ヒメミ……」

「はい、マスター?」

「俺は、世界が……どうなろうと……かまわない……ただ……お前を……」

「私を?」

「……失い……たく……ない……だけ……」

「マスター……」

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