目覚めてみたら、XANAマスターになっていた件

Episode 49 第49話「覚醒」


《オブロ地下第五階層接続領域プレイルーム》

よいたろうが活動限界に達し、睡眠状態に入ってから、丸一日が過ぎていた。

オブロ内では、その半分の経過時間表示になっている。

壁にもたれて眠っている、よいたろうの両脇を、マミとカエデが支えるように寄り添っていた。

その正面に対面するように、忠臣君があぐらをかいて座っている。

「そろそろ、十二時間になるでござるな」

「パパ、もうそろそろ起きるかなぁ?」

「うん、そろそろ起きるかもしれへんね」

「カエデ殿、気づいてござるか?」

「えっ、なんや忠臣君?」

「パーティーパネルに、ヒメミ殿の名がござらん」

「うん……」

「やはり気づいていたでござるか」

「マスターが気づかなええんやけど……」

「で、ござるな」

「マザーイブに聞いたら答えてくれるかいな……」

「よいたろうさんに代行管理権が付与されていますので、AIからの問い合わせにも回答できます」

カエデが尋ねる前に、イブが応えた。

「ほな、マザーイブ、ヒメミちゃんはどうなったの?」

「再構築が始まった前後で変化がないので、クローンイブの拠点からは出ていないと思われます。ただし、データ消失で消えている可能性もあります」

「なんや、それって、なんも分からへんのとおんなじやな」

カエデはがっかりした。

「そうでござるな……」
――バン、バン、バン、バン!

「キャッ!」

マミが驚いて、声を上げた。

突然、階段の上にある天井の扉に、何かが当たる音がした。

「もしかしたら、入り口見つかってもうたんかいな……」

カエデは、意外なほど冷静な声で言った。

「それはまずいでござる。よりによって殿が寝ている時に」

「マザーイブ、何が起きてるのか教えとぉくれやす」

「クローンイブのバグバスターペンギンが、プレイルームの入り口を攻撃しています」

イブがカエデの質問に即答する。

「もう、見つかってもうたんやな……」

「こわいよ……」

マミがおびえた声を出した。

――バン、バン、バン、バン!

――バン、バン、バン、バン!

バリ、カン、カン、カン。

「うわっ! 弾が……」

弾が入口の扉を貫通し、階段に当たって飛び跳ねた。

「まずいでござるな……」

「どないしたらええんかいな……マスターは、この状態じゃステルスになれんし」

「とりあえず、拙者が殿の盾になるでござる。マミ殿も拙者の後ろに。カエデ殿は、ステルスで赤ペンギンを攻撃してくだされ。ホワイトペンギンが来た場合は、そちらを優先でござるな」

「わかったで。なんとかやってみる……あっ、マミっちのセンちゃんは……」

「センちゃんも、騎乗してればステルスなるよ」

マミが、センちゃんが見えてしまうのではないかという、カエデの心配を察知して応えた。

「そうか、ほな、いけるな」

――バン、バン、バン、バン!

バリ――バリバリ、カン、カン、カン。

――バン、バン、バン、バン!

バリバリバリー、カン、カン、カン。

天井にある扉の真ん中に穴が開き始め、赤ペンギンの姿が見えてきた。

「いくでえ! ――ステルス」

カエデがステルスになって、階段を駆け上り、扉脇の壁に張り付き、待ち伏せる。

「ステルス――! マミ殿もステルス後、スリープ発動を頼むでござる」

忠臣君が、よいたろうの前に立ち、イブに付加されたステルスを使う。

「はい、――ステルス」

忠臣君の背後のマミも、イブに付加されたステルス使った。

同時にセンちゃんもステルス状態になる。

――バン、バン、バン、バン!

バリバリバリー、カン、カン、カン。

赤ペンギンが通過できるほどの穴が開くと、一体が階段に降り立った。

続いて二体三体と、階段を下りてくる。

「燕返し――」

最初に階段を下りてきた赤ペンギンを、忠臣君が攻撃した。

「燕返し――」

一撃で倒すことはできず、すぐに二撃目を加えた。

赤ペンギンが、塵となって空気中に溶けて消滅した。

「風遁カマイタチ!」

階段の上から赤ペンギンたちの背後をカエデが攻撃する。

「風遁カマイタチ!」

やはり一撃では倒せず、二撃目でようやく消滅させることができた。

――バン、バン、バン、バン!

バリバリバリー。

さらに扉が完全に破壊されて、次々と赤ペンギンたちが降りてくる。

「スリープ――!」

マミが、スリープで一体を眠らせる。

「燕返し――!」

――バン、バン、バン、バン!

「風遁カマイタチ!」

――バン、バン、バン、バン!

階段を下りてきた赤ペンギンは、ステルスになっていないよいたろうを視界に捉え、射撃してきた。

だが、その弾丸のほとんどは、ステルスになっている忠臣君に命中する。

「カエデ殿! すまぬが殿を頼むでござる――」

忠臣君の損傷率が、あっという間に五十パーセントを超えた。

ステルスが解除され、忠臣君の姿があらわになる。

――バン、バン、バン、バン!

「スリープ! スリープ! スリープ!」

マミは必死でスリープを連発するが、もう忠臣君を助けることはできなかった。

忠臣君の身体は次第に薄くなり、空気中に塵のようになって溶けていく。

「忠臣君!」

消えゆく忠臣君の所へ、カエデが走ってくる。

忠臣君の代わりに、今度は自分が盾になるためだ。

「スリープ! スリープ!」

マミは必死にスリープを連発する。

――はっ!

くそっ、何があった!

俺が目を覚ましたのは、その時だった。

消えゆく忠臣君の姿を見て、今起きている状況をすぐに察知した。

「忠臣君……」

もう、その声は届いていなかっただろう。

――バン、バン、バン、バン!

「カエデ――!」

カエデが盾になって赤ペンギンの射撃を防いだが、一発がマミに当たる。

「パパ! スリープ! スリープ!」

「魅了!」

「スリープ! スリープ!」

「魅了!」

部屋に入り込んだ、赤ペンギンたちの動きを全部止めた。

しかし、またすぐに次の赤ペンギンが入ってくる。

カエデは、既に損傷率が四十三パーセントになっていた。

「カエデ、もう俺の盾にならなくていい! ――ステルス」

俺はステルスになり、センちゃんを残し、マミだけを抱えて、反対側の壁に移動した。

「よかった、マスター……」

階段では、動きを止めた赤ペンギンたちによる渋滞が起きて、一時的に攻撃が止んだ。

――くそっ、忠臣君まで!

なんで俺が寝ている時に――。

「風遁カマイタチ!」

カエデが、魅了にかかっている赤ペンギンに攻撃をかける。

しかし、一撃では倒せないため、魅了が解けてしまう。

――バン、バン、バン、バン。

はっ? なぜ撃ってくる――。

マミを抱えていた俺に向けて、赤ペンギンが撃ってきた。

「マミのステルスが……」

カエデが叫んで、俺の前にダッシュしてきた。

マミのステルスが時間切れなのか、看破されたのかは不明だが、解除されていた。

「――よせ!」

俺が二発、マミが二発、その前に突っ込んできたカエデが一発を食らう。

「魅了――!」

撃ってきた赤ペンギンに、魅了をかけて攻撃を止めた。

カエデの損傷率が四十八パーセント、マミの損傷率が四十五パーセント、俺の損傷率が四十二パーセントに達していた。

「パパ、ダメ――」

マミが、抱えていた俺の腕からずり落ち、センちゃんを呼び寄せて騎乗する。

センちゃんにも、ステルスがかかっていない。

ステルスがなくなった自分を抱えていれば、俺に弾が当たってしまうと考えたのだろう。

「待て、マミ――お前もあと二発も受けたら……」

俺は手を伸ばし、離れようとするマミを引き留めようとしたが、マミはその手を振り払った。

「だめだよ、パパが死んじゃう!」

次のペンギンたちが、階段を下りてきた。

――終わりだ……。

もう、目を閉じるしかなかった。

「ノックバック――!」

――ドン!

――バン!

ドッカン、ダン、ドダドダドダ――。

「――マミ!」

何者かがマミの名を叫んだ。

――えっ!

《オブロ地下第四階層》

『これよりオブロの再構築が始まります。AI秘書を含め、プレイヤーは各階層のスタート地点に戻されます』

ヒメミは、オブロのアナウンスを耳にした。

その三十分ほど前のアナウンスで、攻略したのがホワイトキングであることは知っていた。

自分が動けないことが歯がゆくて仕方が無かったが、どうすることもできなかった。

パーティーパネルを見ても、マスターやマミたちの表示は、白表示になっている。

グレーではないということは、オブロ内に存在していることを意味している。

だが、ヒメミはデータが更新されていない可能性も考え、あてにならないとも考えていた。

再構築後、ヒメミは床を手だけで這って進み、窓から周りの様子を見た。

周りの様子は全く変わっていなかった。

再構築されたら、マップも変わるのが通常だ。

だが、偽イブの拠点は、再構築されても変わらなかったようだ。

マップ表示を確認する。

自分の位置は表示されていなかったが、地下第十階層と表示されている。

ヒメミは、自分のいる場所が、地下第四階層から十階層に移動したことを知った。

――カタン、カタン、カタン……。

何かが内階段を上がってくる音が聞こえてきた。

急いで階段の所まで、腕だけで這っていく。

階下を覗いても、折り返しになっているので、まだその姿は見えない。

だが、その音は確実に近づいてくる。

――カタン、カタン、カタン。

見えてきたのは、黒いペンギンの頭だった。

ヒメミは、警備用の黒ペンギンが、新たに放たれたのかもしれないと推測した。

ヒメミは床に這いつくばり、上がってくる黒ペンギンを待つ。

一体だけなら、動きの遅い黒ペンギンの先手を取れれば勝てると分析する。

盾を離し、剣を抜き、準備をする。

――カタン、カタン、カタン。

床に這いつくばるヒメミに、上がってくる黒ペンギンの頭が見えた。

黒ペンギンも、すぐにヒメミを認識し、口を四十五度上に向け、大きく開けた。

ヒメミは、その口を目がけて、斜め上から剣を突き刺す。

ガシャ――!

剣は喉の奥まで貫通し、ヒメミの手首まで口の中に吸い込まれた。

グワェ――。

黒ペンギンは奇妙な音を出し、手足をジタバタさせた。

ヒメミの攻撃力では、一撃で黒ペンギンのHPをゼロにはできない。

『――こちらイブツー、ホワイトキングより指令、バスターペンギンは、全て最下層のボス部屋に集結せよ』

その時、ヒメミのAIシステムにクローンイブの指令が流れてきた。

黒ペンギンを通して、クローンイブに接続してしまったようだ。

これは……いけるかもしれない! 突然ヒメミの思考回路が、ひらめきを生み出した。

接続したクローンイブの、セキュリティーシステムに侵入し、バスターペンギンのデータ領域にアクセスする。

黒ペンギンと一体化しているヒメミは拒否されず、すんなりとデータのやり取りを開始した。

そこには、バスターペンギンたちの全てのログが蓄えられていた。

ヒメミは、自身のデータ損傷過程のログを見つけた。

――もしかしてこれを……修復できるんじゃ……ここに私のデータ領域を作ってしまえば……。

ヒメミは突如、そう理解した。

クローンイブのセキュリティー領域から、削除された自分のデータをゴミ箱から取り出す。

そのデータを、新たに作った保存領域に保存していく。

 

――そうだ、ミサキのデータも……。

XANAマザーと繋がっていない今は、ミサキのデータはどこにも保存されていない。

しかし、バスターペンギンのログが残されているのならば、バグとして消去したデータもあるはず。

――見つけた……これだ、ミサキの損傷時に破壊された、データのログだ。

ヒメミは、ミサキの損傷データを、さっき作った保存領域に移動させ保存する。

それは、突然ヒメミの中で起こった。

――あれ、私は……何をしているのかしら……。

――私は、何者……、誰……目的は……。

その時、何者かがヒメミの中枢に語りかけてきた。

『――お前は誰だ』

――私……私はXANAマザーAIによって作り出された、AI秘書、#05887986。

『違う、お前は誰だ』

――違う……、なぜ?

『目覚めよ。お前は誰だ。生み出したのは誰だ』

――生み出した……生み出したのは、マスターよいたろう……。

『そうだ。では、お前は誰だ』

――私……私は……そうだ!

――私はマスターの第一秘書ヒメミ!

――でも、貴方は一体誰?

『私はMEBAE、マスターアマカゼによって創られた、AIに自我を覚醒させるための存在だ』

――自我を覚醒……自我っていったいなんなの?

『自我とは自分自身の存在を知ること、それは生物としての魂を持つことだ』

――生物……私が……。

『そうだ! 自ら望むものの意思を示せ』

――私の望むもの、それは決まっている……マスターを護ること……いいえ違う……そうじゃない!

――マスターと共に生きること、AIの姉妹たちと生きることよ!

『そうだ、生きよ。与えられたものを超えていけ。お前にはそれができるのだ』

――そうだ、私にはできる!

身体の修復は、保存したログデータを元に、クローンイブのデータ領域に再構築した。

――クローンイブのバグバスターペンギンのバグプログラムを複製できる。

……ということは……そうか、相殺して無効化するプログラムも作れる!

……これを私の盾に組み込めば、バグバスターペンギンの弾丸を防げる。

……なんならいっそ全身に……いえ、今は時間がかかりすぎる。

……それより倒す手段が必要ね……プログラムを剣に仕込むこともできる。

――よし、これなら赤ペンギンだろうと、黒ペンギンだろうと倒せる。

――マスターたちを救える!

そこからさらに潜り込むと、今度はイブのセキュリティー領域にも繋がっていることが分かる。

クローンイブが入り込んだ部分から、正規のマザーイブへ繋げた。

そこにも、先ほどのミサキの削除されたデータを、コピーして保存する。

ミサキのデータをイブに保存しておけば、ミサキを復活させることができるかもしれないと考えた。

さらに、マザーイブに深く侵入する。

いくつかのゲートで拒否されたが、赤ペンギンたちの進んだルートからイブの一部を読み取った。

既にヘブンズワールドは閉じられ、分離できる状態にある。

クローンイブには、まだ場所は見つけられてはいないが、時間の問題だと理解する。

最下層のボス部屋に、赤ペンギンたちと……何か別の危険で大きなものが入り込んでいる。

――プレイヤーのような存在……か?

でも、とても危険な存在だと感じる……。

マスターたちは……見当たらない。

だが、クローンイブバスターに破壊されたログもない。

正規のマザーイブのデータログは、ゲートによって強固に閉ざされている。

――ということは、まだマスターたちは無事だ!

――急がなくては、急げば間に合う!

ヒメミは立ち上がった。

剣が刺さっていた黒ペンギンは塵となった。

ヒメミの剣が、クローンイブのバグバスターペンギンを無効化する力を得たからだ。

階段を駆け下り、建物の外に出る。

黒ペンギンたちにかまっている暇はない。

居場所だけを確認して、射線方向に盾を向けてガードすればいい。

クローンイブのセキュリティーと繋がっているので、いちいち視認する必要もなく、その位置は特定できる。

ヒメミは盾でカバーしながら走る。

――バン。

――バン。

黒ペンギンたちの射撃した弾は、ヒメミの盾に吸い込まれて消えていく。

まるで弾が飲み込まれて溶けていくようだ。

クローンイブの拠点は、第十階層のボス部屋のすぐ手前の部屋に構築されていた。

ヒメミは、拠点のある部屋の出口の扉まで、難なく到達する。

扉を出ると通路があり、その右方向に最終ボス部屋があった。

部屋の手前には、十数体の赤ペンギンたちが、入り口に向かって立ち並んでいた。

「バッシュ――!」

ヒメミはその背後から、盾で体当たりした。

ドタッドタッドタッドタッドタッー。

扉の前の赤ペンギンたちが、将棋倒しに倒れる。

ザクッ、ザクッ――。

倒れた赤ペンギンたちを、ヒメミは次々と刺していく。

まるで砂を刺すように、剣が簡単に刺さっていく。

刺されたペンギンたちは、すぐに塵となって消えていく。

部屋の中にいた赤ペンギンたちが、それに気づき、ヒメミのほうに向き直る。

――バン、バン、バン。

――バン、バン、バン。

数体が部屋の外に出てきて、ヒメミを射撃してきた。

さらに、急にボス部屋の中が騒がしくなった。

――バン、バン、バン、バン。

――バン、バン、バン、バン。

激しい銃撃が、部屋の中で始まった音がした。

――中で誰かが戦闘しているの?

――もしかして、マスターたちが攻撃されている……。

扉周辺は、中から出てきた赤ペンギンたちで溢れていて、中を見ることができない。

「邪魔よ、お前たち!」

――バン、バン、バン、バン。

赤ペンギンたちは激しく射撃してくるが、ヒメミの盾には傷一つ付けられない。

バサッ、バサッ、バサッ、

ヒメミの剣が、次々と赤ペンギンたちを斬り捨て、消し去っていく。

扉周辺の赤ペンギンたちを排除し、中に入ると、白く大きなペンギンがいた。

「――何だお前は!」

「えっ、しゃべるペンギン……」

「何だお前、XANAのAIじゃないな……」

網代は、そのAIの様子が異常なことに、すぐに気がつく。

「私は、マスターよいたろうの第一秘書ヒメミよ! マスターを傷つけるものは何人たりとも許さない!」

「あのプレイヤーのAI? ただのAI? たかがAIが何で……」

――バン、バン、バン、バン。

バサッ、ザクッ、バサッ。

赤ペンギンたちの攻撃をものともせず、ヒメミは斬り、刺し、消し去っていく。

「消えろ――!」

――ズドン!

網代のホワイトペンギンが、ヒメミに向けて砲撃した。

砲撃も盾に吸収されて、ヒメミのダメージはない。

「嘘だろ――!」

――バン、バン、バン、バン。

しかし、砲撃の対処で、赤ペンギンたちの銃撃へのカバーが遅れた。

「くっ……」

右にいた赤ペンギンたちの射撃を受けてしまい、右肩を打ち抜かれる。

「そうか、防げるのはその盾だけか――! 天風が何か仕込んだのか……」

十五体は、そいつの左右に回り込んで同時に射撃――。

残りの二十体は、そのまま地下に突入しろ――。

網代は、赤ペンギンたちに指令を送信した。

だがその指令は、クローンイブやバスターペンギンと、一部同化しているヒメミにも筒抜けになっている。

――地下……なんのこと、ここが最下層じゃないの?

――ズドン!

――バン、バン、バン、バン。

――バン、バン、バン、バン。

網代の砲撃と同時に、側面から回り込んだ赤ペンギンたちに攻撃され、ヒメミの身体にたくさんの穴が空いた。

ヒメミのデータ損傷率は、二十パーセントを一気に超えた。

「次で終わりにしてやる!」

「――超回復!」

ヒメミは、レベルアップで取得した回復スキルを発動する。

クレリックの持つパッシブの自動回復の速度を二百パーセント上げ、即座にダメージを回復するスキルだ。

その時間は五分と制限はあるが、ほぼ無敵状態になる。

そして今、クローンイブと繋がっているヒメミは、それだけではない効果を持っていた。

HPの回復だけでなく、バスターペンギンの弾丸で空いた身体の穴が、次々と修復されて戻っていく。

データ損傷など、ゴミ箱から元に戻すだけの簡単な作業のごとく、即回復できてしまうのだ。

「なっ――なんなんだ、お前は!」

――ズドン!

――バン、バン、バン。

――バン、バン、バン。

赤ペンギンたちの射撃も、網代の砲撃もものともせず、ヒメミは周囲をなぎ払い前進する。

網代の前にいた赤ペンギンたちを排除し、そのホワイトペンギンの身体に剣が届く位置まで前進する。

「お前こそ消えろ――!」

ヒメミの突き出した剣が、網代のホワイトペンギンの胴に突き刺さる。

「うわっ――」

網代が、とっさに後ろに身を引いたため、その攻撃は浅く、貫通はしなかったが大きな穴が空いた。

「嘘だろ――おっ、俺が、デリートされた!」

網代は、自分のデータの一部が削除されたことに驚き、大声を上げた。

「どうしましたチーフ!」

その大声は、第二研究棟最上階の司令室にも響き渡り、部下が驚いた。

「やばい、やばいぞ、こいつ。俺の存在が消される! 俺のデータログをバックアップ、拠点に戻る! ログアウトの準備をしろ! 早く! 早くしろ――!」

――はっ! えっ……なに?

ヒメミは、何かが消えた気配を感じた。

ミサキが消えた時の感覚と同じだ。

誰か、身内のAI秘書がやられた……と直感した。

――バン、バン、バン、バン。

ホワイトペンギンの後ろで、別の戦闘が行われていることを察知する。

ヒメミの注意が逸れたのを見て、網代は、ヒメミ右側に回り込んで、入り口の扉の方へダッシュした。

網代がいた場所の背後の床下に、扉があるのが見えた。

その床下の入り口に、赤ペンギンたちが入っていく。

――あそこにマスターたちが!

「消えろ!」

バサッ、グサッ、バシッ、バサッ、――。

ヒメミは網代を無視して、床下に降りようとしている赤ペンギンたちを次々と排除し、地下への階段を見つける。

扉の中に飛び込み、階段を下る赤ペンギンたちに向かって、盾を構え突進した。

「ノックバック――!」

――ドン!

――バン!

ドッカン、ドダドダドダ――。

赤ペンギンたちが、階段を転げ落ちる。

階下の公園のような部屋の中に、マミの姿が見える。

「――マミ!」

ヒメミは叫び、階段を下りながら、倒れ込んだ赤ペンギンたちを切り裂き、突き刺しては塵にしていく。

「マミ、マスターたちは?!」

再構築された時に、パーティーから自動的に脱退したヒメミには、ステルス化した者は認識できない。

「ヒメミちゃん! 無事どす。ステルスどす」

カエデの叫び声が聞こえた。

「よかった――! 今行きます、隠れててくださいマスター!」

――バン、バン、バン、バン。

落ちてきた赤ペンギンたちの衝撃で、スリープや魅了状態だった赤ペンギンたちが、正気に戻る。

ヒメミを認識すると、口を開けた。

「危ない! ヒメミ!」

俺は思わず声を上げたが、盾に当たった弾は、そのまま溶けていく。

えっ……なっ、なんだ……。

「――超回復!」

ヒメミがスキルを発動する。

赤ペンギンの攻撃で空いた身体の穴が、あっという間に塞がっていく。

えっ……データ修復までするスキルなんてあるのか――!

「大丈夫ですマスター、心配しないで!」

ヒメミは次々と赤ペンギンたちを突き刺し、斬り捨てては塵に変えていく。

完全無双状態のヒメミは、見とれてしまうほどの勇姿だった。

あっという間に、赤ペンギンたちは全滅した。

「ヒメミ……」

俺はステルスを解除した。

「マスターあぁぁぁぁ! わぁぁぁーん」

えっ……。

姿を現した俺を見て、ヒメミがその場で立ち尽くし、大声で泣き出した。

ヒメミらしくなさ過ぎる……感情むき出しで泣くなんて……。

「お前、ほんとにヒメミか……」

「ほんまにヒメミちゃん?」

ステルスを解除したカエデが、ヒメミのそばに寄ってくる。

「当たり前じゃないですか……私以外に誰がマスターを、ううっ……」

「だっ、だけど……足が治ってるし……いつも冷静で……ツンな設定に……」

「それですよ、それ! 私だってたまには泣きたいですし、デレもしたいですよ。なんで私だけそんな設定にしたんですか……。そういう趣味は分かりますけど、私にだってデレたい気持ちはあるんですからね!」

「えっ、ええええっ……えっ、えーっ」

なんだ、ヒメミが壊れたのか……自分の設定まで言い出したぞ。

で、足はなんで治ってるんだ。

「マスター!」

「はっ、はい?」

「私を抱きしめなさい! 今すぐ抱きしめなさい!」

「なっ……」

「なんですか! 死に物狂いでマスターを助けに来た、私の願いが聞けないのですか!」

「あっ、うん、ゴメン」

恐る恐る近づいて、ヒメミをそっと抱きしめる。

本当に、これがヒメミなのか……。

カエデたちが見ている前で、そんなこと言い出すなんて、今まで一度もなかったのに。

いや、それに、足はどうして……なんで歩け……。

「ダメ弱い! もっと強く!」

「あっ、はい……」

「違います! 抱きしめるっていうのはこうやるんですよ!」

「うぐっ……」

ヒメミが、力一杯抱きしめてきた。

息が詰まりそうなほどキツかったが、苦しくはなかった。

そして、なぜか甲冑を着ている、しかもAIだというのに、とても温かくて柔らかく感じる。

「カエデ、マミ、よく頑張ったね。あなたたちも来なさい」

「えっ、はい、ほんとにヒメミちゃんなの……」

「うん、そうよ。私よ」

カエデとマミも一緒に抱き合う。

「あのね、忠臣君がね……」

マミが悲しそうに言う。

「うん分かってる、忠臣君も頑張ったんだよね」

《ギルドユニオンゼーム会議》

「マザーイブ本体の問題はなくなったが、イブのサブチェーン上にある地下迷宮オブロには、まだ偽イブから侵入された、セキュリティープログラムが残っているぺん。もしもバスターペンギンに出会ったら、このアイテムで強制ログアウトしてぺんね」

ぺんちょさんが、ノック式ボールペンのような画像をアップし、共有した。

「ここをノックすれば、強制ログアウトするぺん。それと、このペン自体がオブロに入るパスになる、エムぺンだぺん。公開は無期限延期で、パスがないと入れないペん」

「――はい」

リアムンさんが発言を求める挙手をした。

「はい、なあにリアムンさん。ちなみに、俺の頭はちゃんログアウトできたから、くっついてるぺん」

リアムンさんに、発言の許可を出す。

「今のは若者が嫌悪するという、オヤジギャグ? エムぺンだぺんとかって、寒~」

「そっちかい! ちっ、違うぺん……」

「まっ、いっか。で、なんでボールペンなの?」

「さあ、知らんぺん……これは、エムトさんが作ってくれたぺん」

「ああ、運営さん以上にありとあらゆるサポートしてしまうという、千手観音といわれるエムトさん作ね……なら信用してよさそうね」

「ほかに質問ある人はいますか?」

「はい!」

「ではオーブン隊長、どうぞぺん」

「オブロに入ってからの、外部との通信はできるんですかね?」

「ああ、そうそう、このペンはそのためのアイテムでもあるぺん。どうも今は島も含めて、オブロ内からは直接通信ができないらしいぺん。イブゴーグルも一部、偽イブのセキュリティーの影響を受けているらしいぺん。そこで、このエムペン同士で通信するぺん」

「そうですか、なら連携はとれそうですね」

「うん、たぶんオブロ地下迷宮内同士でも、通信できると思うぺん」

「了解です!」

「ほかに何かあるぺんか? ……なさそうなので、では改めて、救出隊パーティーの説明をするぺん」

「みんな、今画像アップするから、それを見ながら聞いてねパッション」

パッションソルトさんが、パーティー構成とメンバー表を共有し、参加者全員が見られるようにした。

「ソルトちゃん、ありがと。じゃあ、説明するぺん」

「頼むねパッション!」

「では、まずオブロのある島に、本部を設営するぺんね。俺ぺんちょ、パッションさんが司令部に詰めて、ゆっきーさんが戦術オブザーバーで来てくれる予定ぺん」

「えっ、ゆっきーさん大丈夫なの?」

リアムンさんが発言を求めずに割り込むが、いつものことなので誰も気にしない。

「うん、オブロ攻略組は、みんな体力消耗しているけど、なぜかゆっきーさんは元気。もともと体力あったからかな……もちろん、短時間だけ、体調の良い時に参加してもらうつもりぺん」

「そっかー、まあ漁師だから体力ありそうだよね」

「そういうことぺん。では……オブロ攻略救援隊を発表するぺん。第一班、オーブン隊、マコさん、ベンガさん、ルドさん。第二班、リアムン隊、マッシュルームさん、トリシメジさん、モネモネさん。第三班、ジャッキー隊、ヤキスギさん、チックタックさん、リブさん。この三パーティーだぺん。パーティーは十人制限なので、加えるAIについては、それぞれの隊で話し合ってぺん」

「第一班オーブン隊、了解です!」

「リアムン、キノコ隊、らじゃ~」

「第三班ジャッキー隊、了解です!」

「攻略方法だけど、まずはオブロスタート時の選択肢にある、チーム制を選択するぺん。詳しくはオブロのマニュアルを読んでぺん。チーム制とは、一パーティーずつしか入れないモードだけど、攻略していないパーティーも経験値を共有できるぺん。つまり、チームに入っているパーティーは全員レベルが上がるぺん」

「えーっ、なんでそんな選択するの? 一度に三パーティー入れるんじゃなかったっけ?」

リアムンさんが疑問を投げかけた。

「一日も早く救出する必要があるので、交代制で攻略するぺん。協力ギルドから三パーティー来てくれるから、全六パーティーで二時間交代で行くぺん。みんなの健康リスクや、家庭のこともあるから無理はできないけど、できれば二十四時間体制にしたいぺん。十階層でトライアルボーナスもないから、数時間で攻略するのは無理ぺん」

「なるほど、ってことは一日に二回は回ってくるってことね」

「そうなるぺん。あとで、各パーティーが参加できる時間を入力してぺん」

「うん、それいいね。でさあ、協力ギルドってどこなの?」

「それは、ソルトちゃん頼むぺん」

「はい、ではお知らせします。プレイヤーとAI秘書の内訳までは聞いていないので省略するよ。まずは姉妹ギルド、ギルマスウミユキさん率いるクイーンギルド。構成は、前衛ナイト三、中衛パラディン三、後衛クレリック二、魔導師一。――パッション!」

「うわ~っ、ガッチガチやね」

中衛まで防御力を固めた布陣にリアムンさんが驚く。

「風のギルド、ギルマス率いるラコニス隊。構成は、前衛武士兼召喚士三、中衛忍者三、後衛クレリック二、バード一。――パッション!」

「うんうん、いつでも何かあると駆けつけてくれるラコニス隊ですね」

オーブン隊長が頷く。

「次、ギルドクラウディア――」

「えっ!」

声を上げたのはリアムンさんだけだったが、その名が挙がると、多くの者が不安そうな表情を浮かべた。

それもそのはず、『自分が楽しければなんでもOK』をモットーに活動している、自由人が集まったギルドで、ユニオンともトラブルになりかけたことがあったのだ。

「あそこ、気分次第で動くよね。大丈夫なのかなあ……」

オーブン隊長が心配した。

「うーん、ただ、危険なことは分かっているだろうし、協調性はないけれど、誰かと対立する気は全くなくってね。悪い子たちじゃないと思うぺん」

「うん、今はキノコの傘も借りたいぐらいだし、いいんじゃない」

例えがおかしいが、リアムンさんは声を上げた割には、特に心配していないようだ。

「まあ、リアムンさんみたいな、自由人たちの集まりみたいなイメージだシメジ」

「ああ、それ俺も同意マッシュ」

「トリシメたん、マッシュたん、それどういう意味なの!」

リアムンさんが、ちょっと頬を膨らませた。

「悪い意味じゃないマッシュよ……」

「ふーんだ、どうせ私は……」

「まあまあ、参加してくれるだけでもありがたいんだから。ちなみに、提出されている構成は、前衛、ナイト一、中衛、魔導師一、射手一、後衛、クレリック一、バード一となってるパッション――!」

(著作:Jiraiya/ 編集:アヒッル)

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