恋とAIと
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Chapter 1
/ Episode 1 1話「風は、ここにも吹いている」
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心地のいい日差しに照らされた、新緑の草原。一本の大きな木が作りだす木陰には、爽やかな風が吹いている。 「はぁ…。」 木に寄り掛かり、さわさわと揺れる木漏れ日に包まれながら、その男は、この場所に似つかわしくない、重たいため息をついていた。 「…何か悩みでも?考え過ぎによる慢性的なストレス負荷は、心身の不調に直結しますよ、レイジ。」 「ああ…そう言うのじゃないから…大丈夫だよ、メイ。心配してくれてありがとう。」 レイジ、と呼ばれた男は、そう言葉を返しながらも、すぐにまた深いため息をつく。それを見たメイ、と言う名の女は、何やら頭の中で思考をまとめるように、間をおいてから口を開いた。 「…そういうの、巷では『察してちゃん』って言うらしいですよ。人に嫌われる性格の代表格です。」 豊かな自然の中で、男女が言葉を交わす。一方が悩んでいるようで、もう一方は心配しているようだ。地球上のどんな国や地域でも見られる、いわばごく普通の光景だが、このやり取りは、地球上ではないある場所で行われていた。 そう、ここは仮想現実が作り出した世界、メタバースの中だ。 「えぇ!?いや、別に何かを察して欲しいとかじゃないから!っていうか、そんな言葉まで知ってるの?」 「もちろんです。古語から新語·流行語まで、現実社会のありとあらゆる言葉は、全て学習していますから。」 「そ、そうなんだ…それじゃあ、僕とのこの会話も、その学習によって成立してるってことだよね?」 「はい。多種多様な人間による様々な性格や思考、会話や非言語コミュニケーションのパターンから算出して、最も適した言葉を選択しています。当メタバースのチュートリアルで、ご説明申し上げたはずですが?」 「あ、なんか面倒だったから、あまり聞いてなかったんだよね…アハハ…。」 「まったく…レイジは本当にものぐさでぐうたらな怠け者ですね。」 「いや、そこまで酷くないでしょ!それに、その毒舌は言葉のチョイス間違ってない!?」 「いえ、レイジのような、ちょっとイジメられたい願望を持つ男性には、このくらいキツい言いまわしにした方がいいと、私の中のAIが。」 「ち、違うから!大体、どうして僕がそんな願望持ってるなんて分かるんだよ!」…