目覚めてみたら、XANAマスターになっていた件

Episode 38 38話「退路とパパ」


カエデをステルス状態で廃墟に入らせたが、数分で戻ってきた。

「マスター、今なら入り口付近に黒ペンギンいてはりまへん」

「そうか、全員入るぞ、音を立てるな。なるべく声も出すな、返事はアイコンタクトだ」

まだ扉の前だが、全員アイコンタクトで応えた。

全て頭の中の出来事と分かっている。

音声とデジタル通信の違いは、おそらく無いだろうと考える。

それでも念には念を入れた。

「二時方向に、三階建ての廃墟があるんや。その屋上は塀に囲まれてて狙撃には最適どす」

「そうか、ではカエデを先頭に、ヒメミ、忠臣君、ミサキ、マミ、俺の一列縦隊で行く」

カエデがゆっくりと、そして静かに両開き扉の右側だけを開く。

そこにあったのは、まさしく市街戦跡の建物と道路だった。

弾痕のようなものが、コンクリートの壁のあちらこちらにある。

どの建物も扉はなく、壁も所々に穴が空いている。

窓にはガラスはなく、屋根が崩れているものもある。

初めからこういう設定なのかもしれない。

カエデのあとをついていくと、外階段付きの三階建ての廃墟があった。

外階段を上り、屋上に出ると、四方が一メートルほどのコンクリート塀に囲まれていた。

所々に穴が空いているが、それが覗き穴にちょうどいい。

狙撃するには絶好の場所だと思える。

「うん、いい場所だ。ミサキ、ここから狙えるのはいるか?」

ミサキは、狙撃用の望遠スキルスコープを最初から持っている。

「はい、見てみます」

「みんなは見つからないように注意してくれ」

全員が頷き、アイコンタクトをする。

雀のチュンチュンを飛ばせて偵察という手も考えるが、逆に見つかったらまずいことになる。

「マスター、三体狙えますが……二体はお互い認識できる位置にいるので、同時にやらないと気づかれます」

「そうか、ではまず試しに、孤立している一体を狙ってみてくれ。一撃で倒せればいいんだが……」

「ダブルショットというスキルを獲得しています。二本同時に撃つことができます」

「そうか、マナの消費は大丈夫か?」

「マナ消費は、一斉射消費分の二十パーセントです」

「よし、じゃあアタックブーストをかけるから狙ってみてくれ」

「はい。それとホーミングスキルを使ってもいいですか? 外さないと思いますけど念のため」

「そうだな、そのほうがいいだろう。マナ消費も少ないよな?」

「はい。五パーセントほどです」

「なら何も問題ないな。アタックブースト――!」

あらゆる物理攻撃をニ十パーセント増しにする、アタックブーストをミサキに付与した。

「ありがとうございます、マスター」

「目標一時方向、距離およそ二十五メートル、道路上の黒ペンギン、撃ちます」

――ビュン。

立ち上がって矢を放ったミサキは、すぐにしゃがんで身を隠す。

三階屋上からの射撃は、まっすぐ黒ペンギンに向かっていく。

ノッシノッシとペンギンにしてはどでかい身体に、短い足で歩いている。

移動しているとはいえ、鈍足だ。自動追尾も必要ないほど直線のまま命中。

頭部に二本の矢が突き刺さり、黒ペンギンは動きを止めた。

五秒ほどで崩壊し、粉々になり、空中に溶けていった。

――よしっ!

声には出さず、拳を握りしめる。

全員笑顔で同じようにガッツポーズだ。

「一撃とは凄い威力だ。次行こう」

「はい……十時方向にいる二体、もう少し離れてくれれば」

「うーん、なんか奴ら鈍足だよな……攻撃時はロケットみたいになるのか? おびき寄せてみるか」

「マスター、うちが右のやつを左のやつから見えへん位置に誘ってくる」

カエデが、さも簡単そうに言ってきた。

「えっ、どうやって? 見つかったらまずいぞ」

「まあ、見とってください」

「そうか、無理はするなよ」

「はい。ほな行ってくる」

カエデは階段すら使わず、隣の建物に飛び移り、さらに飛び移りしながら、十時方向に向かう。

本当に身軽なやつだ。

二階建ての屋上から、こちらに見えるように、何か四角いものを右手に作リだしアピールした。

なるほど、スキルで小さな土粒壁を作リ出したようだ。

壁というよりサイコロ状の土塊といったほうがいいだろう。

左手で道路のほうを指さす。

どうやら、建物の上から右のペンギンだけに見えるように、それを落下させるようだ。

左のペンギンからは見えない位置だが、音は大丈夫なのかと心配になる。

「マスター、狙いを付けました。カエデに合図してください」

ミサキは既に、弓を引き絞っている。

まだアタックブーストの効果は続いているので効果は同じはずだ。

俺は右手を挙げて、親指を立てる。

カエデはすぐに反応して、土塊をそっと落とした。

道路に当たって砕ける。

右のペンギンにしか見えない位置だが、やはり音がしたのか、左のペンギンも振り返った。

右のペンギンは、カエデが落とした土塊の方へ歩き出す。

建物の影に入り、左のペンギンから見えなくなった。

――ビュン。

ミサキは無言で矢を放ち、すぐ身を隠す。

矢は再び黒ペンギンの頭頂部を捉え、黒ペンギンは塵となって消えた。

左のペンギンがやってくるが、その様子はまだ見えていない。

ほんとに鈍足な奴らで助かる。

数分して、角を曲がり、カエデが落とした土塊のほうにやってきた。

ミサキは、すぐに立ち上がり弓を引き絞る。

数秒で狙いを定め、矢を放つ。

――ビュン。

今度は、黒ペンギンの肩辺りに突き刺さる。

やはり一瞬固まり、塵となって消えた。

ヒットした場所に関係なく効果は同じのようだ。

見事な連携だった。

「マスター、一時方向を見てください」

ヒメミは身をかがめたまま、そばまでやってきた。

最初に倒した黒ペンギンの辺りに、また黒ペンギンがいた。

「今突然現れました、リスポーンしたみたいに」

「えっ……リスポーン!」

すぐ復活するのか……。

「仕留めますかマスター?」

「頼むミサキ」

ミサキが立ち上がり、最初の黒ペンギンを倒したところに発生した、新たな黒ペンギンに狙いを定める。

その時、黒ペンギンがこちらを向いた。

「気づかれたか!」

黒ペンギンは、口を大きく開けた。

――パキュン!

――ビュン。

ミサキが矢を放つより先に何かの発射音がした。

バシッ。

「キャッ!」

ミサキの右肩口に何かが飛んできて当たった。

「ミサキ、どうした!」

「黒ペンギンに撃たれました……大丈夫です」

ミサキのステータスを確認すると、HPが数パーセント減っている。

たいしたダメージは無くてほっとするが、貫通した穴が空いている。

若干遅れて、ミサキのダブルショットが命中し、黒ペンギンは塵になっていた。

ミサキの矢は、先にダメージを受けたため少しぶれたが、自動追尾で修正されて命中した。

「マスター、やはりバスターペンギンだと思います」

ヒメミがミサキの肩口に空いた穴を確認しながら言った。

「そうなのか……」

「はい。相手を倒したあとも再生しません。マミの足と同じようにデータが完全消失しているのだと思います」

「それって、リスポーン出来ないってことだよな?」

「だと思います。HP喪失でしたらリスポーンすると思いますが、このダメージを受けると存在がなくなると思います」

「HPとは別なのか……何発ぐらい食らったらまずいんだろうか?」

「私たちの身体は、マザーのデータ領域が四十パーセント、独自存在領域は六十パーセントです。身体の五十パーセント以上が損失すると、独自の存在は無くなってしまいます。おそらく、この世界に出現しているマスターも同じかと思います」

「それって、……死ぬってことだよな?」

「死ぬという表現が正しいかどうかは分かりません。私たちAI秘書は初期化されます。マスターが初期化された場合……生まれたての状態ではないかと推測します」

「現実世界には戻れるが、記憶を失うってことか!」

「いえ、戻れるかどうかも怪しいです……」

まじか……俺、死ぬってことか。

まずいな、なんでこんなにペンギンが急に出てきたんだ。

「ミサキは今ので、どのぐらい損失したんだ」

「ステータスの下に細いバーがあり、そこにメモリがあります」

「えっと、……四パーセントほど消失しています」

ミサキは自分で確認したようだ。

「ということは……あと十三発受けたら……」

「そういうことになります、おそらくマスターも……なので注意してください」

「分かった……でもマザーにバックアップとか無いのか?」

「有るには有りますが……通信できなくなっています。おそらく初期化された状態で、同時に上書きされてしまうと思います。バグ扱いで処理されたことになりますし」

「――!」

「そら、かなわんなあ……」

カエデが戻ってきた。

「よくやったカエデ、お疲れ」

「マスター、ミサキの矢も回収してきたで」

「おっ! それは素晴らしい、さすがだ」

「えへへへ、マスター、おつむなでとぉくれやす」

「それは後でな」

今はそれどころじゃない……。

「忘れたらあきまへんよ」

「もう、カエデは危機感ないのね。私で我慢しなさい。矢を拾ってきてくれてありがとう」

ミサキが矢を受け取りながら、カエデの頭を撫でる。

「ミサキちゃんに撫でられても、いっこも嬉しない」

カエデが、ちょっとむくれた顔をする。

「ちょっと貴方たち危機感なさすぎよ。分かってるわね! マスターに絶対あの攻撃が当たらないように身を挺してでも守るのよ」

「うちは、分かってますって」

「もちろん私だって!」

「殿の御身は、我が身を捨ててでもお守り致すでござる」

「マミ怖い……」

俺の袖を掴むマミは、震えているようだった。

だが、きっといざとなったらあの時のように、バスターペンギンに立ち向かうのだろう。

きっとこの子は、凄く芯が強いんだろうな。

今も現実社会では、身動き取れないままベッドに横たわっているんだ。

だからこそ、この世界で過ごせる環境を守ってやりたい。

「大丈夫、マミは俺が守るから心配しないで」

「うん、マスター」

マミは、にっこりと安心した笑顔を見せた。

父性愛がまた呼び起こされる。

「ねえマスタぁ、あのね……」

そう言ったきりマミは、ちょっと目を伏せて黙ってしまう。

何か言い出しにくいことがあるようだ。

「なんだ、何でも遠慮せず言いなさい」

「うん、あのね……パパって……呼んでもいい?」

「えっ、パパ……って、おっ、俺を……」

俺の歳でパパって人もいるだろうけど、まだ結婚もしていないのに……パパと呼ばれるなんて、想像もしてなかったな……。

ヒメミとミサキも、ちょっと驚いた顔をしたが、すぐニヤニヤする。

助け船を出す気はないようだ。

「ダメ……?」

「いや……うん……まあ……いいよ……」

「やったぁー! パパ、パパ、パパ――!」

「あっ、はい、うん……」

うろたえる俺を、ヒメミとミサキは楽しそうに見ているだけだ。

「マミ殿、よかったでござるな。血のつながりなど無意味。殿のような父上ができて、幸せでござるな」

「うん!」

「しかし疑問がある。天風って人は、マミのためにやっているんだよな? だったらなんでこんなことに……」

この辺でパパの話は切り上げたかったので、別の話題に切り替える。

「そうですね。何か、想定外の事が起きているのかもしれません」

ヒメミもこの状況と天風の意思に違和感を感じているようだ。

「違うよ……あの黒いペンギンは、マザーのじゃない」

「えっ、マミ、なんで分かる?」

「少し前に、本物のマザーから通信が来たの」

「えっ、本物のマザー? それってイブのことか?」

「うん、マスター、あのね……ここは、偽物のイブが作ったワールドなんだって」

「偽物……どういうことなんだ? よく理解できないよ、マミ、もっと詳しく頼む」

「うーんと、うーんと……」

「……どうした」

「だめ、こっちからは質問できないの。マザーからも来なくなったし、誰かが邪魔してるみたい」

「それが偽物のイブか……」

どうやら、別の何かが介入している可能性があるな……。

「ねえマミ、他に知っていることがあれば、全部マスターに話しなさい」

「えっとー、あのね、天風おじちゃん、五階層にいるみたい。でも、マスターと同じで出られないみたい」

「――その人もXANAからログアウトできないのか!」

「どうやら、どっちにしても五階層まで行く必要がありそうですね、マスター」

「そうだな、ヒメミ……」

しかし、こんなリスクを犯すべきなんだろうか……。

大切なAI秘書たちを失う可能性があるかもしれない。

もしかすると自分の意識、記憶、いや、それどころか実質的に命さえも……。

どうするべきなのか、考えるほど迷いと恐れが生じてくる。

この部屋から出て、もっと仲間を連れてきたほうがいんじゃないのか?

ゆっきーさんたちが外にいるかもしれないぞ――。

でもマミ、いやヒカリちゃんのことを考えれば……もし自分がそんな環境にいるとしたら……。

「殿、二体目と三体目も復活しているでござる」

忠臣君は、壁に空いた数センチほどの穴を見つけて、そこから覗いている。

「そうか。倒したところか、それとも……」

「最初に発見した位置でござる。リスポーンポイントは決まっているようでござるな」

「そういうことだな……しかし、倒しても数分でリスポーンするんじゃ……」

「全員伏せでござる!」

――パキュン!

――パキュン!

忠臣君の声に、全員が塀際に伏せる。

――ボコッ。

――ボコッ。

銃声のような音がして、屋上の塀に弾丸のようなものが当たる。

そうか、これが弾痕を作っているんだ。

とすると、既にここで戦闘があったのかもしれない。

「リスポーンした黒ペンギンは、攻撃者を最初から認識しているようです」

ヒメミが指摘する。

「そういうことか……」

――パキュン!

――パキュン!

――ボコッ。

――ボコッ。

「射撃間隔は十秒ほどですね。マスター、反撃しますか?」

ミサキが聞いてくる。

「いや、ミサキ、それは危険すぎる。最初のやつもリスポーンしたら、三対一の撃ち合いになる」

「はい、マスター」

「マスター、私がおとりになります。ミサキは私の後ろから撃てる?」

ヒメミは自分が盾になる提案をしてきた。

「はい、ヒメミちゃん、曲射にして、自動追尾にすれば一瞬見えるだけで大丈夫です」

いや、それヒメミが危ないだろう。

「いや待て、ヒメミ! あの攻撃は、ミサキの身体を貫通して修復できないんだ。お前だって危ないだろう」

「数発ぐらいで死んだりしませんよ。他に手はないですし」

しかしまだ先は長い、今は数発だってヒメミに受けさせたくはない。

何か他に方法を考えるべきではないだろうか……。

「マスター、うちが近づいてクナイで牽制します。その間にミサキちゃんに撃ってもらえば、より安全です」

なるほど、ステルスで誘導できれば……。

「それいいな……カエデばっかり無理させるけど」

「さっきのにプラス、ムギューで手ぇ打ちますえ」

「わかったよ。いっぱいムギューしてやる」

「よっしゃ!」

それで済むならお安いもんだな。

「カエデ、無理しないでね」

「大丈夫、うち見えへんさかい」

「そろそろ、最初の黒ペンギンが二度目のリスポーンしてもいい頃でござるが……しないでござるな」

「えっ、そうなのか?」

――パキュン!

――ボコッ。

「うわっ」

覗こうとして頭を出したところを狙われた。

「マスター! むやみに頭を出さないでください!」

ヒメミが本気で怒った。

「ごっ、ごめん……」

「ほな行ってくる。十時方向の右側から牽制するさかいね」

「わかった。注意してくれ」

この状況は、撤退を考える暇も与えてくれないらしい。

しかし、一体目はリスポーンしていないとなると、二回で終わりなのか?

いや、まだ分からない、リスポーン間隔がランダムなのかもしれないし。

「カエデ殿が位置についたようでござる。三カウントでクナイを投げるでござる。三、二、一!」

ヒメミが立ち上がり、その後ろにミサキが立ち上がり、弓を引く。

「成功、右の黒ペンギンの注意が、カエデ殿のほうに向いたでござる」

「十時方向、右、ダブルショット!」

――パキュン!

――ビュ。

バコッ。

鈍い音がヒメミの盾で鳴った。

左の黒ペンギンが、口から発射した弾だ。

すぐにミサキはしゃがみ、それを確認してからヒメミもしゃがむ。

カエデが誘導した黒ペンギンは塵になる。

「大丈夫かヒメミ!」

「はいマスター、大丈夫です。盾を貫通しましたが、身体には当たっていません」

見ると、盾の内側から拳銃の弾丸のようなものが飛び出していた。

ギリギリ最後のほうで止まっているだけで、あと少しでヒメミに当たっていたかもしれない。

「カエデ殿が、左の黒ペンギンの牽制に入るでござる。……三、二、一!」

再びヒメミが立ち上がり、その後ろにミサキが立ち上がり、弓を引く。

「十時方向、左、ダブルショット!」

反撃するものはなかった。

黒ペンギンは塵になった。

「上手くいったな。最初のやつリスポーンしないな……一度だけ再生なら助かるんだが……」

「そうですね。でも期待しないほうがいいかもしれません、マスター」

「そうだな。不利な予測をしておくべきだよな」

「上手くいったなぁ」

カエデが戻ってきた。

「お疲れカエデ、見事だったよ」

俺は見えてないけど……。

「そうやろう。それよりマスター、隣の建物に移ったら、五体ぐらいの黒ペンギン狙撃できそうどす」

「そうか。だがその前に、退路を確認したい。すまないが、さっき入ってきた扉が開くか、確認して欲しい」

「分かった。そやけどうちは、偵察に来たとき出られたで」

「うん、分かってる。でも戦闘したあとだからな、ロックされたかもしれない」

「ああ、確かにその可能性あるんやね。さすがマスター」

褒められるようなことじゃない、俺に逃げだしたいという気持ちがあったからだ。

「ほな行ってくる」

すぐにカエデは戻ってきた。

「どうだった?」

「それが……なんかおかしいんどす」

「やはりロックされていたのか?」

「いえ、扉そのものが見つからへんかったどす」

「――!」

(著作:Jiraiya/ 編集:オーブ)

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