綻びの先の光

Episode 3 「帰還」


 僕達が目を覚ますと、いつものXANAメタバースの世界だった。

 美しい花々、水面、空……。

「おはようございます。ケイさん。ハルカ様」

 僕のAIがそう言って僕達を起こす。

 そしてハルカのAIも僕のAIの隣に立っていた。

「おはようございます。ハルカさん。ケイ様」

 ここは……タウンか。そう言えば大規模な更新があったような気がしたな。

 あとでハルカと回って見てみよう。

「ハルカ、ハルカ……」

 僕はハルカを起こす。ハルカはいつものアバターの姿で、とても安心した……。

 でも、ハルカは目を覚まさない。

 AIに僕は尋ねる。

「ハルカはどうしたの?」

 そうすると、AIはにこりと微笑んでこう言うんだ。

「少々、データが壊れているのかもしれません。修理に出しますか?」

 壊れたら直せばいい。

 それが、この世界での常識……。

 AIも似たようなもので、アップデートの度に修理に出してうっかり新型に変わって……ということを期待する人もいる。でもそれはまずありえないため、噂にすらならなかった。

 しかしAIではなく、稀に、メタバースの全体などの大型アップデートなんかがあると、これまでと同じアバターなのに今までと人格が丸っきり変わる人もいる。

 でも、すぐに修理されてあっという間に戻って来るんだ。

 いつもの世界に、いつものその人が。

 だけど……、夢のような儚い世界だったあちらの世界の春花や僕を思い出す。

 

 そうだ。ここはあの世界の僕達の憧れていた理想の世界だ。

 望んでいた世界……。きっと喉から手が出るくらいに、この世界を求めていたに違いない。

 このハルカも、僕も、この世界のことは大事にしている。

 ……人格が変わったら嫌だな。それに、僕はハルカは壊れていないと信じることにした。

 

「修理に出しますか?」

「いや、いいよ。このままで」

 僕は、ハルカが愛しい。

 もしも、万が一にも、壊れていたとしても、手を加えられるのは嫌だった。

「ハルカ」

 そしてやっと目を開けた。

 AIが決めた僕の恋人。

でも、本当はもう一つの世界で僕が決めた僕の恋人……。

彼らがいなければ、きっと僕達は出会いもしていない。

 あとは、この世界のAIに決められたからという、世界の筋書き通りのシナリオで出会った。偶然に見せかけた必然。

 僕達は偶然出会ったわけではないのだ。

目を開いて僕を見たハルカは、辺りを見回して少し驚いていた。

「ケイ……? なんで? 私、綻びでXANAメタバースの世界からいなくなったんじゃ……」

 ほらね、やっぱり僕の恋人は僕の恋人だった。

 ちょっとばかり、助けてあげたのは僕だよなんて、言ってみたくもあったけれど、そんな言葉を吐いたとしても全く意味など持たないから、言わないでいる。

 でも、少しだけ僕はこう言うのだ。

「あちらの世界とこちらの世界、完全に分断されたみたいだよ。その証拠に、この世界は穏やかだ。綻びなんて、どこにもない」

 本当の、理想郷だろうから。世界を分断したこの世界は、アセンションを遂げてその世界を確実なものとしたのだろう。

 きっともうあの世界は、この世界に干渉することはない。

 あちらの世界は大変だろうけれど、こちらもまあまあ大変だ。

 何せまだまだやりたいこととやれないことが多すぎる。

 でもそれすらもすぐに実装されていくことだろう。

 だってここは理想郷。

 愛だって、アバターだからと、仮想空間だからとなくなるはずがないんだ。

 

「ケイ」

 可愛らしい僕の恋人、ハルカは僕を呼ぶ。

「うん?」

「あちらの世界とこちらの世界、何を間違えちゃったんだろうね……」

 どこか遠くを見ているハルカに、僕はただこう言うしかなかった。

「人間だからね。間違い続けちゃったんだよ。世界が自ら浄化するまでに」

「でも、だったら綻びなんてないんじゃ……」

「世界も生き物だから。完璧ではなかったんだよ。きっとね」

 

 それからしばらくして、僕達は本当に世界の綻びがないのか見に行った。

 でもそもそもマップを見ても、壊れかけたような綻びを見せていたところは、存在そのものがなくなっていた。

 そもそも、あんなものが放置されていることの方があり得ないことだったのだから、もしかしたら夢でも見ていたのかもしれない。

 そう思うと、急に世界のあるべき姿、自分というもの、大好きなハルカのことで頭が、胸がいっぱいになり、あの世界のことは夢だったと思うことになっていた。

 どうやらそれはハルカも一緒のようで、次に顔を見た時には、今までの中でも類を見ないほどに美しく澄んだ表情をしていた。

 

 そうだ。僕達は大昔、第一世代だった。

 でも、それを忘れるくらい、ずっとこの世界で生きて来たんだ。

 まだこの世界の可能性は無限大……。

 しばらくの間、退屈なんてしなくて済みそうだ。

 

「行こうか。ハルカ。この世界で、生きて行かなくちゃだからね」

「うん。そうだね」

 僕達は互いの手をぎゅっと握りしめ、世界を見渡した。

 美しいグラフィック。素晴らしい音。

 それらに触れられる僕達はなんと幸運なことだろう。

 いや、幸運なんて言ったら、分断されてしまった世界の僕達が可哀想か。

 きっと幸運なんてものじゃなくて、それだけじゃあに何かが僕達にはあったのだろう。

 そしてこの世界に関係している人々も、悪い人なんて見たこともなかった。

 悪い人がいたとしても、その場合は厳しく取り締まられるし、安心していられる。

 本当の理想郷はここにある。

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