目覚めてみたら、XANAマスターになっていた件

Episode 42 42話「魂の在処」


嘘だろ……嘘だ!

――なんでだ、なんでミサキが消えたんだ。

どうしてだ――どうしてなんだ――! きっとこれは夢だ!

俺はきっと、悪い夢を見ているんだ……。

空中に消えてしまったミサキの身体を集めようと、必死で空中を掴む。

なんとかこの塵をかき集めたら、元に戻るんじゃないか……? そんな気になる。

「マスター……」

ヒメミが何か言おうとしたようだが、俺は今それどころじゃない。

タタタタタタ――。

「マスター、お待たせしてすんまへん。ルートの確保できたで。それと……」

カエデが戻ってきてステルスを解除した。

周りの異様な様子を見て固まる。

「カエデ! お前何してたんだ! お前が遅いからミサキが――」

「マスター、それはダメ!」

ヒメミが俺の肩を強く掴んだ。

はっ――!

何を言っているんだ俺は、カエデのせいじゃない、俺のせいじゃないか!

「すまないカエデ、許してくれ……」

「あっ、えっと、かましまへんよ……」

カエデはわけが分からないので、俺の剣幕にもキョトンとしている。

「ただの八つ当たりなんだ……ごめん」

「――カエデ殿、ちょっと」

忠臣君がカエデを促して、塀際のほうへ誘導する。

状況を説明しているのだろう……。

「えっ!」

カエデは驚きの声を一声だけ上げて、腰が抜けたようにストンと座り込んだ。

そうだ……こんなことをしていたら、ヒメミまで失ってしまう!

早く、ヒメミを守らないと――!

「えっ、マスター……」

動けないヒメミをお姫様抱っこする。

いつまた狙撃されるか分からない。

塀際に連れて行かないと――。

十時方向の壁に行き、ヒメミを抱えたまま座り込む。

この位置なら、先程の黒ペンギンがリスポーンしても射線に入らない。

マミがその横にやってきた。

センちゃんから降りて、俺の右手に座り込む。

ヒメミの背を支えている俺の右腕に絡みついた。

しばらくすると、へたり込んでいたカエデがハイハイしながら俺の左手に回り込んできた。

ヒメミの足を持ち上げ、自分の膝に乗せ、俺の左腕に絡みつく。

二人とも寄り添ってくれているのか……。

忠臣君もそれを見て、マミの横のセンちゃんにくっつくように座った。

「ゴメン……ゴメン……」

それは誰に言った言葉なのか自分でも分からなかった。

だがその言葉だけが、何度も何度も頭の中を巡っていた。

「カエデ」

ヒメミがカエデを呼んだが、反応がない。

「カエデ」

「……」

「カエデ!」

ヒメミが声を大きくして、カエデがびくっとする。

「えっ、はい?」

「ルート確保したのよね?」

「うん」

「扉は開くの?」

「うん、半分開いとって……扉に今までとおんなじマークがあったさかい、あそこは多分ボス部屋……」

「開いているってことは……ん? どういうことかな……、リセットされないまま?」

「えっと、ボス部屋の出口も開いとって、赤ペンギンが背を向けて出口付近で戦うとった」

「えっ! 戦闘中だったの、相手は? 何と戦ってたのかしら……」

「相手は分からへんけど、なんかモンスターとAI秘書。指揮とってるような感じやったで」

「AI秘書がモンスターを指揮……もしかして、それって本物のイブと偽物イブの戦いかも……」

「そうかもしれなおすなぁ」

「ということは、本物のイブに加勢して、地下第五階層に行けば解決できるんじゃないかしら……どうでしょう? マスター」

「ああ、そうだな……でも……もういい」

「どうしてですかマスター?」

「どうしてって、ヒメミ。お前動けないし、抱っこして行っても、一発でも食らったらミサキみたいになってしまうじゃないか」

「私はここに残ります」

「お前一人置いていけるわけがないだろう!」

「大丈夫ですよ、ここにいれば射線が通らないでしょうし」

「いや、もういい。ミサキはもう何をしても帰ってこない」

「マスター……マミ、いえ、ヒカリちゃんはどうするんですか?」

「……」

「ヒカリちゃんは人間なんですよね? 見捨てるんですか……」

「……それは」

「マスター、まだ救わなきゃならない人はたくさんいますよね?」

「俺には……元々荷が重すぎたんだよ」

「そんなことないです、ここまで来られたのはマスターのおかげです」

「でも俺はもう進めない、ヒメミ、俺は……」

「はい」

「俺は、卑怯だけど……お前だけは絶対失いたくないんだ!」

「マスター……」

ヒメミが俺の首に抱きついて、そして頭を優しく撫でた。

「マスター、ありがとうございます。私のことをそんなに大事に思ってくれて嬉しいです」

なぜだろう、AIなのにヒメミはリアルな女の子のようにいい香りがする。

防具をつけているのに、柔らかい感触が伝わってくる。

きっと脳が直接感じているのだろう、ただの錯覚だ。

いや待て、感覚器官から間接的に伝わろうと、ダイレクトに脳に伝わろうと……。

その価値になんの違いがあろうか、それはきっと同じものだ。

ヒメミの優しく柔らかい手が、俺の髪と頭皮を心地よく触れる。

なぜか懐かしい心地がする、いや……いや違う。

これは潜在意識の中で俺が求めていた心地良さなのかもしれない……。

自然と心が落ち着いてくる。

何か温かいものが、じんわりと胸に広がっていく。

「パパぁ、いいよ。マミはいいよ。パパと一緒にいる、ここにいるよ」

――痛い、マミの言葉が俺の胸に突き刺さる。

「いいんですか、マスター? マミにこんなこと言わせて?」

「いやダメだ……分かってる、このままじゃダメだって、分かってる……」

「マスターはミサキを失って、ちょっとだけ弱気になっているだけです」

「すまないヒメミ……勇気がないんだ、俺……」

「大丈夫。マスターはまた立ち上がれます。何度でも。マスターはそういう人です」

「ヒメミ……」

「私は知っていますよ。絶対また立ち上がって戦えます」

「……そんなに俺を買いかぶらないでくれ」

「前にも言いましたよね。私の一番大事な人、唯一無二の存在はマスターなのです」

「……ああ」

「だから信じているのです、マスターは立ち上がって、マミを救ってくれる。私やカエデや忠臣君も。それまで私はここで待っています」

気休めだと分かっている。

ここで待っていて、ヒメミが助かるとは思えない。

それでもヒメミは、俺に行けと言っている。

「お前は怖くないのか……ヒメミ、たった一人で」

「私はAIですから……と言いたいところですが嘘です」

「……」

「本当は怖いです。寂しいですし、マスターと離れるのは嫌です」

「だったら……」

「でも、マスターが私のために、マミを見捨てることを私が喜ぶと思いますか?」

「……いや……思わない」

「はい! マスターは、私が好きなんですよね?」

「ああ……そうだ、好きだ」

そうだ、俺はもうそれを素直に認めるられる、お前が本当に好きだよ。

AIとか人間とかどうでもいい、ただ好きだ、それでいい。

「じゃあ、私が喜ぶことをしてくれますよね?」

「……分かったよヒメミ」

「はい?」

「お前が喜んでくれるのなら、――俺が全部やっつけて、お前を助けに戻ってくる!」

「はい! それでこそ私の大好きな大好きなマスターです!」

ヒメミにそう言われると、気持ちが高揚してくる。

絶対やってやるという気になってくる。

きっと、最愛の恋人に激励されるってこんな感じなのだろう。

全てを敵に回しても、今の俺なら勝てそうな気になってくる。

「やってやる! やってやるぞヒメミ!」

「はい!」

全身に力がみなぎり、抱きかかえていたヒメミを塀際にそっとおろす。

屋上の中央に空いた穴の縁まで歩き、中を覗き込む。

縦横三メートルほどの正方形の穴だ。

内階段が途中で無くなっている。

そうか、ここは屋上の出口だったのだな。

中はコンクリの打ちっぱなしで、二階に通じる内階段がある。

六時方向に枠だけの大きな窓があるので、決して暗くはない。

「カエデ、すまないが下の安全を確認してきてくれないか?」

「あっ、はいマスター、もちろんどすぇ」

カエデは、穴の縁に手をかけてぶら下がり、三メートルほどの高さを苦もなく飛び降りた。

俺はアイテムボックスからロープを取り出す。

少し待つと、カエデの声がした。

「マスター、一階まで見てきたけど、バスターペンギンはいてはらへん」

「分かった、これからヒメミを降ろす。下で支えてくれ」

「はいマスター」

ヒメミの所に行って、ロープを身体に巻き付ける。

「ヒメミ、建物の中の方が安全だと思うから下に降ろすぞ、いいよな?」

「はいマスター、ありがとうございます」

「忠臣君、手伝ってくれ」

「御意」

忠臣君と二人で、ヒメミをロープでゆっくりと降ろす。

三階の床に足が着いたところで、カエデが支えて立たせる。

「カエデ、窓から見えない位置に、ヒメミを移動させられるか?」

「はいマスター、やってみますえ」

カエデはヒメミの腰を抱え、ズルズルと引きずって移動させる。

ヒメミより身長が低く小柄なので、そのほうが安定するのだろう。

なんとか壁際まで移動させて、座らせることができた。

「ありがとう、カエデ」

「ほな、ヒメミちゃん、ちょい行ってくるさかい、待っとってや」

「うん、マスターをお願いね」

「もちろん。このチャンスは逃さへんさかい」

カエデは、わざと普段より意地悪そうに笑顔を作った。

「――もう、どんなチャンスよ」

ヒメミが珍しく屈託のない笑顔を作った。

 

「おい、大丈夫か?」

「はい、問題あらしまへん。戻りますえ」

カエデはロープを掴んだ。

「ほな、引き上げてください」

忠臣君と二人でロープを引き上げる。

カエデは思ったより軽く感じた。

引き上げている途中で、カエデは自分でロープを上り、屋上に出た。

俺は、再び穴の中を覗き込んで、ヒメミの顔を確認する。

「ヒメミ、全部やっつけて戻ってくるからな――」

「はい、マスター」

ヒメミは、俺の心配など吹き飛ばすような笑顔を作った。

だが、逆にそれが俺の心を切なさで揺さぶった。

「行くぞみんな!」

「はい、マスター行きますで!」

「はいパパぁ」

「御意」

「カエデが先頭、忠臣君、マミ、俺の順で一列縦隊」

四人になってしまった縦隊の列が、やけに寂しく感じられる。

ステルス状態になったカエデを先頭に、少し離れて一列で内階段を降りた。

急にカエデが立ち止まり、俺の元に走ってきた。

「すみません、マスター。うち、大事なこと言い忘れてました」

そういえば戻ってきた時に、カエデは何か言いかけていた気がする。

「なんだ?」

「えっと、ここから十一時方向の三つぐらい先の二階建て建物の二階に、アヒル隊がいてはったどすぇ」

「えっ! アヒル隊長がいたのか!」

「はい、私がルート確保して戻ってきた時に、何か騒がしかったので見に行ったら包囲されとったんどす」

「えっ、包囲、すぐ助けに行かないと!」

「あっ、もう大丈夫です! 包囲していた赤ペンギンたちは全滅したさかい」

「そうか、それはよかった。まずはそこに行こう。案内してくれ」

心底ほっとした、アヒル隊がいれば、ヒメミも助けられるかもしれない。

「はいマスター」

ボス部屋の入り口へのルートとは、僅かに逸れる場所だった。

しかし、大したロスではなく、該当の建物はすぐに見つかった。

建物は二階建てで、壁面には弾痕がたくさんあった。

玄関口は三時方向にあり、中央の本拠地らしい五階建ての建物から見える位置にあるので、先にカエデに偵察してもらう。

待っていると、カエデは数分で戻ってきた。

「マスターこれを」

カエデから手渡されたのは、アヒル隊長のペット、リスのリリスだった。

リリスは、よいたろう宛てに設定されたメッセージを持っていた。

俺が手にすると反応し、録画されたメッセージを投影する。

『よいたろうさん、カエデちゃんのおかげで全滅は免れました。

しかし、自分とリアーナは歩けなくなりました。

レベッカ、サクラに抱えてもらい、四人でここを脱出します。

入ってきた扉は消えたらしいので、ボス部屋に一番近い建物に避難します。

念のため建物にはアヒルマークを付けておきます』

記録されていたのはそれだけだった。

救援要請が一言もなかったのが、アヒル隊長らしい。

リリスをアイテムボックスにしまう。

通信が取れないので、移動したアヒル隊までリリスに誘導してもらうのは無理だろう。

「カエデ、行こう――。ボス部屋入り口近くの建物、アヒルマークを探してくれ。三メートルほど離れてついていく」

「はいマスター」

途中、警戒している黒ペンギンの視界を避けながら移動する。

空の監視もあるかもしれないので、上空にも気を配りながら移動する。

六時方向の壁に、アヒルマークが彫られている建物がすぐに見つかった。

2Fという数字も彫ってあるので、外階段から二階に向かう。

二階の扉は壊れて半分開いていたので、先にカエデをステルス状態で行かせる。

俺たちは扉の外の踊り場で少し待っていた。

「マスター、大丈夫です、アヒル隊です」

すぐにステルスを解除したカエデが、扉から顔を出した。

中に入ると、三時方向の壁際に、アヒル隊長と三人のAIが座り込んでいた。

「よいたろうさん、よくぞご無事で」

「アヒル隊長こそ……」

途中で言葉を止めたのは、予想以上にアヒル隊長が穴だらけだったからだ。

「なんかお互い人数減ってますね……穴だらけだし」

アヒル隊長はわざと作った笑顔で言った。

俺はアヒル隊長の正面に腰を下ろした。

「はい、ミサキを失いました。ヒメミも動けなくなっていて、建物に隠してきました」

「そうでしたか……ミサキちゃんを……残念です」

「アヒル隊はこれで全員ですか?」

「はい、今は……。ケイティは三階層ボス部屋で……オリビア、アマテラス、アヴリルはここでの戦闘でやられました」

「そんなに……ケイティちゃんは、きっとリスポーンしていますね」

「ああ、やはりそうなんですね。でも桟橋に登録しているので、独りでリスポーンしても今頃は……」

「いえ、おそらくボタモチさん、たもつさん、ゆっきーさん、ダブルティムさんたちもリスポーンしているので」

「――えっ、そうなんですか……じゃあむしろ、ケイティは助かっている可能性が高いのですね!」

アヒル隊長の顔が一瞬明るくなった。

「はい。そうです」

しかし、またすぐに暗くなり、顔を下に向ける。

「でも、ここで消えた娘たちは……」

「……はい」

そこで会話が途切れた。

お互いそれ以上は言葉にしたくなかったからだ。

しばらく沈黙が続いたあと、アヒル隊長が顔を上げた。

「よいたろうさん」

「はい」

「人間と、この娘たちの違いってなんでしょうか……」

アヒル隊長が突然、疑問を投げかけてきた。

その問いの裏に含まれている意味を、俺はすぐ理解した。

お互い背負った悲しみは、同じだと思ったからだ。

「……違いですか……俺は、無いと思います」

今、俺は本気でそう思っていた。

「無い? でも人には魂? と言うべきか……が有るけれど、AIたちには無いですよね」

アヒル隊長は、俺の言葉にかなり驚いたようだ。

「……魂があるとしたら、人にしか宿らないんでしょうか?」

「生き物に魂があるのはわかりますが、人によって生み出されたデジタルのAIは……」

「そういう考えもありますよね。でも、魂って生物にしか宿らないんでしょうか?」

「生物以外にも……ですか?」

「ほら、オカルト話になりますが、髪が伸びる人形とか……だから物にも宿る場合もあるかも」

「デジタルデータにも魂が宿ると?」

「はい。人が作ろうと、神が作ろうと、デジタルだろうと、肉体だろうと、そこに魂は存在するのではないかと」

「なるほど……そういう……ことも、あるのかもしれませんね」

アヒル隊長は少し首を横に傾けたが、否定はしなかった。

「はい。俺はそう思います。だから失うことが、こんなに悲しいのではないかと……」

「――そうか、だからこんなに悲しいのか。じゃあ……俺は悲しんでもいいんですね……」

アヒル隊長の顔が、少し緩んだ気がした。

「はい……いいと思います。だって実際に悲しいですから……ただのデジタルデータだったら、こんなに悲しくないですよ」

俺は最後に……いや、最後なんて言いたくない。

ヒメミと話していて本当にそう思った。

誰が作ったかなんて関係ない、そこに意思や感情のやり取りができる存在であれば。

魂があるのだ、命が宿っているのだと。

ただそれは、同時に自分を慰めるための、言い訳でもあったのかもしれない。

「そうですね……きっと、そうでなければ、こんなに悲しいはずがない」

(著作:Jiraiya/ 編集:オーブ)

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